前文科省事務次官が考えるPTAの実態と学校・地域との関係とは
2019年05月11日
PTAは公平中立な任意団体であり、法律的に設置されているものではありません。それなのに、厳然と存在する「PTA問題」。その舞台である「学校」を所管する文科省は、PTAとどうつきあい、どう見ているのでしょうか。
5月18日に東京で開かれる「PTAフォーラム」を前に、前文科省事務次官・前川喜平氏に聞きました。(聞き手 堀内京子・田中聡子 朝日新聞記者)
――長い間、小中学校の保護者たちにとってPTAは悩みの種でした。入るのも入らないのも自由な、任意団体だということが、新聞記事やSNSなどで知られるようになった現在も、PTAの現場では「一人一役」「役員免除のための儀式」と言われるようなローカルルールや、実質的な強制参加の枠組みが存在し、頭を抱える保護者が絶えません。ですが、文科省は「PTAは任意団体だ」と言うだけで、こうした問題の解決に積極的に動いているようには見えません。文科省にとってPTAとはどういう存在なのでしょうか。
前川 PTAは、私が長く関わった初等中等教育局(幼小中高の学校を所管)の所管ではなく、かつての社会教育局、最近までは生涯学習政策局、今は総合教育政策局の所管です。だから私は、PTAや、その全国組織である「日本PTA全国協議会」(日P)そのものを所管する立場になったことはないですが、日Pに一番お世話になったのは、何といっても2003~06年の小泉内閣の「三位一体の改革(注)」のときに、義務教育の学校の人件費を支えている「義務教育費国庫負担金」を守るため、一緒に動いてくれたことです。
(注)三位一体の改革
国の負担金・補助金を減らし、地方の税財源を増やす改革。しかし、地方交付税と補助金負担金が減るので、地方の財政は苦しくなる結果になった。
義務教育費国庫負担金は、全国どこで生まれ育っても、一定の教育水準を受けられるようにするための財源で、私は当時、担当課長でした。廃止させまいと、教職員組合や校長会など教育関係23団体が一緒になって闘ってくれたのですが、一番、アピール力が強かったのが日Pですよ。
文科省や教職員たちが廃止に反対しても『自分たちの権益を守っているんだろう』と言われてしまうけれど、日P会長が政治家に要望書を持って回ってくれたり、PTAの大会で、「義務教育費国庫負担金がなくなったら困るのは子どもなんですよ」と保護者の立場で主張してくれたりするのはありがたかった。
――やはり、PTAが日本で最大の社会教育団体で1千万会員(会員数が多かった80年代は1000万以上の会員を誇っていた。現在は850万人)というのは大きいでしょうか。
前川 それはもうやっぱり、1千万会員はとりもなおさず有権者だから、政治にアピールする力は大きいですよ。教員ですら100万人にしかならない。政治を動かしたいと思ったら、日Pに動いてもらうのがいい。日Pの働きのおかげで、負担率は下げられたものの、最終的に義務教育費国庫負担金という制度を守ることができた。政治を動かすことができたんです。
特に与党の政治家は、日Pのいうことには一目置くんです。なぜ与党の政治家がそうなのというと、日PやPTA連合会の役員に、もともと与党(自民党)に近い人が多いからじゃないか。自分の政治活動のための踏み台にしている人も多いと思う。
――学校単位のPTAでは分かりませんが、歴代の日Pの役員たちを見ていると、現役会員で都道府県のPTA連合会の会長、市や区の会長などを兼務する。つまり毎週のように何かしらの会合があるという条件のためか、子どもが2人以上いる男性がほとんど。不動産業とかお坊さんとか会計士など、自営業の人が目につきます。そして、例えば道徳や家庭教育など、PTA会員の中でも評価が分かれる方針についても、日P会長という肩書で推進のために青年会議所(JC)で講演してしまうということが起きています。
前川 確かに、PTAとJCって同じ人が重なっていることが多い。時間的に余裕のあるオーナー社長とか、自営業の人が多いんでしょうね。組織の一員で仕事しているサラリーマンには絶対に無理ですよ。PTA活動も、PTA連合の活動も。土日とか仕事終わりの夜だけでできる仕事じゃないですよね。
―――ほとんどのPTA会員は、自分がPTA連合会や日Pという上部団体の構成員に数えられているとは気がついていません。会費の一部が上部団体に納められていることも。PTAという装置を使い、役員さえOKすれば、あたかも日本の保護者全体が望んでいるように見せることも可能だという、怖さを感じていない。例えば、「発達障害は育て方のせいだ」という主張などが問題視されている「親学」についてのセミナーをPTA連合会が開くこともあり、これも保護者全体が「親学」に関心があるという風になりかねない。
前川 僕は「親学」は非常に問題があると思いますよ。発達障害が親のせいなどといっていたようで。「親学」は信用できません。家庭教育を学ぶ機会はあっていいと思うけど、ちゃんとした教育心理学などの専門家から学ぶべきです。
――教育委員会主催の講演会や、地域の防災訓練の炊き出し係などに、年間に何回参加するかを割り当てているPTAもあります。休日をつぶしてタレントの子育て体験を聞かされるのも苦痛ですし。PTAの動員を見込んだ教育委員会や地域の行事を企画してほしくないのですが。
前川 なんで、「イヤ」って言えないんですか?
――あっ、前川さんもそんなこと言いますか!? なんでイヤって言えないか?
前川 だって、敢然と「イヤ」って言う人だっているでしょう。
――それはいます。
要するに、ちゃんと、一人の、自分で考えて行動する人間として育てなかったという。「皆さんがおっしゃるならしょうがないかな」とか、「皆さんが決めたなら従いますよ」というのは、後ろ指を指されたくないとか、同調圧力の中でハブられたくないという気持ちですよね。同じ行動を取らない人間を村八分にするというのは、いじめと同じ構造だと思います。本当は、「自分たちもつらい思いをしているのに、なぜあんただけ」ではなく、みんなで拒否すればいいと思います。でも、「みんなでPTAを辞めましょう」という人もなかなか出てこないんでしょうけど。
前川 「無駄な行事だ」って声をあげることも効果的です。教育委員会はよくも悪くも、なかなか変わらない組織。中立性、安定性、継続性が大事ですから。だから、何かを変えようとしたら、政治に訴えるしかないときもある。首長さんとか地元議会の議員に訴え、こういう教育委員会の主催事業は無駄な予算ですよね、税金の無駄遣いですよね、という攻め方があると思う。
ほんとうは教育委員が住民の声をもっと反映させないといけない。条例で教育委員の数を増やすこともできる。私は、住民の意思やいろいろな声を反映させるためには、公募制とか準公選制といった選び方を考えようと言っています。
――学校の教育費が少なくなっていて、賄いきれない分をうめるために、PTAの会費を流用するケースは広く見られます。図書館の図書、クーラー、研究教育発表会の雑費とか。学校改修のための仮設トイレ設置費用までPTA会費から出すと。保護者たちも「今、こういう教育財政だから仕方ない」と思わされている。
前川 それは極めて不正常な状態、本来、あってはならない状態ですよね。
――学校もPTAを「学校の財布」とあてにしているようなところがあるのですが、どこがかわればいいのでしょうか。
前川 文科省は、「地域学校協働活動」をうたい、地域住民から学校ボランティアを募ろうといっているが、もともとのマンパワーが少ないんだから、正面から学校職員を増やしていかないといけない。教職員だけでなく、学校司書とか部活動やICTの支援員とか。
日本の学校は、世界的にみて教員の比率が極めて高い。スタッフの8割が教員。あと2割が事務職、栄養士とか。欧米だと6割が教員で、教員以外の専門職やサポート職が4割。逆に言うと、日本の先生は、本来の授業以外の役割を抱え込まされている。だから先生は忙しい。学校という組織を回していくために、本来いなきゃいけないスタッフがいないからです。その人手不足分を、PTAのマンパワーに依存しているところもあるんだろうなと思いますね。
あと日本の場合は、保護者負担ではない形での地域との連携を進めるべきだと思う。時間のある高齢者はけっこういるはずなので、もっと学校に関わってもらったらいいと思うんですけどね。
――それはいいですね。ただ、「地域」といっても、ボランティアやNPOが誰でも好きなように学校に入れるとなると、懸念もあります。実際、私の子どもの通う公立小学校は2018年に「江戸しぐさ」をNPOから習って、全校で学習していました。
前川 「江戸しぐさ」をまだやってるんですか! あれはやめた方がいいですよ。江戸しぐさは、文科省が作った道徳教材の中に入れちゃったの。あれはねえ、大失敗。僕が初等中等局長のとき、下村さん(下村博文・元文科相)に言われて作った。あんなインチキなものを伝統的な道徳だって思い込んで学校の教材にしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないです。
――共働きの家庭も多く、情報を選別する余裕はない。そういうなかで、もし地域に学校が開かれたりすると、子どもたちや母親を教育しようとする人たちが入ってきて、そっちにひっぱられかねない。地域に広げるってことは、良さそうに聞こえるけれど危なくないですか?
前川 それはもう、「日本の民主主義が危ない、自治も危ない」って言ってるようなものですね。実際、危ういと思うけれど。政府のプロパガンダに洗脳されているような人たちが多い。
結局、地方政治がそうなっているってことですね。本来、学校や教育は、自治的な営みであるべきなんです。国の学習指導要領というような大枠は確かにあるし、学校の施設とか設備とか教員の配置など一定の基準は国が作っているけれど、文科省の指示のもとで動くのではなく、学校教育は本来的に地方の仕事なんです。学校が教員の独占物になってはいけなくて、住民の自治に支えられた存在でなければならない。
学校で何が行われているかは、保護者に限らず住民がもっと関心をもっていなければならない。そのために教育委員会制度やコミュニティスクール制度があるわけだけれど、実際は無関心な人たちが多く、一部の人に牛耳られたりすることが起きている。PTAも同じ。結局、それは日本の政治そのものが、一部の人に牛耳られているということでもあります。
――これまで、PTAに入らないと登校班を外されるとか、卒業式のまんじゅうをもらえないとか、そういうのは文科省で議論になったことがありますか? 文科省の中で、この苦しみはどのぐらい理解されているんでしょうか。
前川 省内で聞いたことはないが、省外では聞いていた。学校現場に行ったときに「PTAをなんとかしてほしい」と言われたり、妻から直接、役員を選ぶのに困ったとかいう話を聞いたりしていた。自らPTAに飛び込んでいった文科省の職員もいるけれど、それを売り物にしているようなところもあって……。
省内の議論の動きは、僕のいる間にはなかったですね。ぜひやったらいいと思う。僕自身は直接、生涯学習政策局の仕事したことはなかったので。学校教育以外では永田町とかかわる仕事が多かった。ひどい仕事だったけど。
――一方で、PTAに文科省が直接、手を突っ込んだら危ないことにもなり得ます。
学校の図書とかクーラーとかは、本来、自治体が予算化しなければいけない。必要な財源措置は、交付税の中に入っていますよ。各市町村で図書を整備するお金は持っているはずです。空調も国の補助金はあるし、本来、設置者がやらないといけない。そんなもののためにPTAのお金が使われることはあってはならない。
公会計の学校予算と、私会計のPTA会費をごっちゃにすることは、公会計としてあってはならないことなので、おかしいと正面から言えるはず。「そんなものにどうしてPTA会費を使うんですか」と。そもそも、本来的なPTAの活動だけなら、それほどたくさんのお金はいらないはずです。
――文科省も、PTAの運営については、正面からおかしいと言えるはずだ、ということですよね。
前川 いえます。それは(改革というより)歪んだものを元に戻す正常化。公会計の区別とか、加入・脱退の任意性とかは当然のことです。正常な姿に戻れ、という主張になるわけですよね。
――入退会は自由といっても、実質強制入会。非会員の保護者の子どもに対して、「卒業式のまんじゅうあげない」とか、「卒業式のコサージュあげない」とか言われたり、もらえなかったりするケースはたくさんある。それらについても、「学校の場で、(保護者が会員か非会員かなどで)差別はおかしい」と文科省は言えますか?
前川 それは言えると思う。けれども、こういうことを文科省がいちいち、言わなければいけないのが本当はおかしい。学校教育は自治の問題であり、文科省は法律上、与えられた権限の中でしかものを言うべきではない。本来、市町村の住民の間で解決しなければならないことです。お上に頼ろうとするものではない。
――それは正論なんですけど、実際、長年の慣習や「伝統」、PTAとのやりとりや改革の長い道のりを考えると、とても割に合わない。「文科省が後押ししてくれれば」と思う気持ちは分かります。まんじゅうやコサージュがもらえず子どもが仲間はずれにされた気持ちを味わうかもしれないと想像したら、たいていの親は矛盾を飲みこんで「入会します」と頭を下げます。
前川 まんじゅうが必要なら、学校はPTAじゃなくてむしろ地域の人に頼むべきじゃないのかな。いやそれは、まんじゅうじゃなくてもパンでもいいけど。
――そうしたらきっと今度は、「町内会に入ってない家の子どもにはまんじゅう渡さない」と言う人が出てきちゃいますよ(笑)
前川 要するに、不合理なことは不合理だと、声を出すことがやっぱり大事でしょうね。PTAにはね、本当に日本社会の病理みたいなものがたくさんつまっていると思います。文科省の中でも、自分自身の問題として困った経験をしている母親職員が相当いるはずなので、彼女たちがいずれ、変えてくれそうな気がするけれどもなあ。
あ、でもこれが、「お母さんの問題」だってことが、また問題ですよね。日本の性差別の構造を反映しているってことだから。
堀内京子(ほりうち・きょうこ)
1997年、朝日新聞に入社。現在は経済部で労働分野を担当。特別報道部、文化くらし報道部。執筆陣の一人として「徹底検証 日本の右傾化」(筑摩選書)、「まぼろしの日本的家族」(青弓社)、「ルポ税金地獄」(文春新書)。移民/外国人労働者、家族と国家、ブラック研修、ADHD/ASDに関心。
田中聡子(たなか・さとこ)
2006年、朝日新聞社入社。盛岡総局、甲府総局、東京本社地域報道部を経て、17年から文化くらし報道部。PTA、二分の一成人式などの教育現場の問題のほか、自治会など地域コミュニティーへの動員などについて取材している。
◇
PTAのあり方を考える「PTAフォーラム ~取り戻そう、自分たちの手に~」が5月18日午後2時半から、朝日新聞東京本社の読者ホール(東京・築地)で開かれます。主催はPTAフォーラム実行委員会、後援は論座、東京すくすく(東京新聞)、朝日新聞#ニュース4U。
保護者の負担軽減を目指す「PTAのあり方検討会」設置を公約に掲げて当選した兵庫県川西市の越田謙治郎市長や、PTA改革に取り組んできた福本靖・神戸市立桃山台中校長らがパネリストに。PTA問題のワークショップ、憲法の視点からPTA問題を発信する木村草太・首都大学東京教授への質問コーナーもあります。詳細や申し込みは応募フォーム
から。参加費2千円。フォーラム終了後、希望者で懇親会も予定。問い合わせは実行委員会(ForumPTA2019@gmail.com)へ。
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