フルタイム記者の決意と挫折と後悔
2019年05月12日
2年前、うっかり娘の通う小学校のPTAの本部役員を引き受けてしまった。
やるからにはと、仕事や家庭にしわ寄せがいかないようにと、いくつもの提案をした。「せっかくだから、フルタイムの人でも無理なく関われるようなPTA本部にしていきたい」とも願っていた。
しかし、提案はことごとく却下された。また、PTA本部を変えたいという願いも早々に挫折。それどころか最後には、ミイラ取りがミイラになる羽目にもなった。
そんなPTAに関わった1年間。理不尽な活動に苦しんだ日々のほんの一端を、後悔や反省、そこから自分なりに考えたことをまじえ、綴ってみたい。
もともとこの年は、本部役員より負担の軽い広報やクラス委員でさえ、引き受けるつもりなんて1ミリもなかった。当時娘は小学2年生。下に年長児とまだまだ手のかかる2歳の息子がおり、「PTAの委員は、やるとしてももう少し先。末っ子がもう少し大きくなってから、広報でもやろうかな」とゆったりと構えていた。
そんな私が、あろうことか、殺人的に活動量の多い本部役員をすることになったのは、なぜか。
それは、さかのぼること約2年半、ある光景に出くわしたからだった。
2016年の暮れも押し迫った土曜日の授業参観でのことだった。体育館で、知り合いのパパが必死の形相をした6人のママに取り囲まれていた。「来年度の役員が足りないんです。引き受けてもらえませんか?」
彼女たちは、PTAの選考委員。翌年度の本部役員決めや、広報・クラスなどの各委員決めを取り仕切るのが仕事だ。秋に本部役員の選考を開始したが、年末になっても定数が埋まっていなかった。
それもそのはず。各委員会を束ね、その学校のPTA全体を動かす司令塔である本部は、活動量が半端ではない。当然ながら引き受け手はなかなか見つからないのだが、翌年度の会長・副会長・書記・会計・会計監査役の10人前後が決まらない限り、選考委員の仕事は終わらない。私も11月に、子どもと同じクラスの選考委員のお母さんから電話で勧誘されたが、「委員はできても、本部役員はとてもできない」とお断りしていた。
6人の選考委員のうちの1人は、下の子の保育園が一緒で、普段から仲良くしているママだった。子どもの授業参観もそっちのけで必死に役員の勧誘をしているママ友を見ていられず、「仕事していても、できる内容なのかな」と声をかけてしまったのがすべての始まりだった。
まさに、うっかりもうっかり。そして、私は本部役員になった。
会長が言った。
「入学式の間に、新入生の教室に行って、机の上に紅白まんじゅうを配る役が必要です。式を終えて戻る子どもたちへのサプライズなので、式の間に内緒で配ります。会長と副会長は、入学式であいさつとPTAの説明があります。他の2人は新入生の保護者なので式を抜けさせるのは申し訳ない。どなたか、お仕事の都合をつけられる方、いませんか?」
えええ。まんじゅう配りのために、仕事を休ませるおつもりですか!? たかがまんじゅう、たかだか10分のために!?
せっかくの入学式だし、子どもの姿をゆっくり見ていたいけれど、「私が抜けて配ります!」と言った方がいいのか? だいたいサプライズって言うけれど、おまんじゅうなんて、今の子どもたちは喜ぶんだろうか……
「それはないよね」「誰か、クラスのママ友に頼まない?」。上の子が同じクラスだった、もう一人の新入生の保護者の女性メンバーとささやき合い、会長に告げた。「心当たりがあるので、聞いてみます!」。その日のうちに、彼女がクラスLINEでボランティアを募ってくれた。
4月より本部役員になります今川、○○(彼女の名字)です。
今回、無理だと思いながらも、本部役員を引き受けることになりました。大きな不安もありますが、引き受けたからには努力したいと話しています。
皆さまに聞いてもらいたいことがあります。
私たちの代の本部役員は、全員が働いているという状況から考えて、本部役員でなくても大丈夫な部分は、皆さまのボランティアに頼らないと難しいのが現状です。
今回調べてみると、本来のPTA活動はやれる人がやれるだけ…というものらしく、なるべくその形に近づけて、誰かが特に嫌な思いをするとか、負担が大きいとかがない形にできればよいなと思います。
今後、LINEでつながっている皆さまにボランティアを募ることが出てくると思います。もしご協力いただける方は、個人メッセージでお返事いただけると幸いです。不快な方はどうか、ご自分の心にとめてスルーでお願いします。
で、つまり何が言いたいかというと…
入学式の間に、新入生の教室の机の上に紅白まんじゅうを置くのを2名ほどお願いしたいです。今川、○○とも、自分の子が新入生なので式中には抜けられないので、勝手に『この学年なら誰かしらお手伝いにきてくれそう』と思って大口をたたいてしまいました。
どなたか手を挙げてくださるとうれしいです
メッセージを投稿して30分後に一人、その10分後にさらに一人が「いけるよ!」「私も!」と引き受けてくれた。
「できることがあれば協力しますので、またLINEで連絡くださいね」
「こうやって協力し合いながらやっていけるのが本来のPTAだと思うから、こんなふうに無理せず皆に協力求めてやっていけたらいいな~と思います」
と10人を超える保護者がわざわざ投稿してくれた。
快く手を挙げてくれた2人の保護者に感謝しつつ、「この形が取れれば、なんとか1年やっていけそうだね」「なんだか光が見えてきたよね」と、彼女とほっとため息をついた。
入学式を終えて、ボランティアもうまく回ったことに手応えを感じていたその週末の集まりだったか、メンバーの前で会長が言った。
「ボランティアの募集は今回限りにしてください。実はある方から苦情がきました。本来、本部役員がやるべき仕事を他の人にボランティアで任せるのはいかがなものか、と。正直、こういった声にいちいち対応する余裕が私にはありません。面倒なので、今後はなしにします」
PTAの世界に足を踏み入れて、たった1週間で、心が折れるとはこういうことか、と実感した。誰も不幸になってない。そんな試みすらつぶされてしまうなんて。
「できる人ができるときにやればいい」「無駄が多いから効率化しましょう」。そんな提案が、ことごとく却下された1年だった。私が苦しんだ理不尽さは、多くの学校で起こっていることかもしれないし、メディアを通してよく見聞きもする。
ただ、実際に体験したことで、理不尽を強いる側もまた、無理をしてPTA活動をしていることもよく分かった。そして、無理が理不尽を呼ぶという負のスパイラルに、いつしか自分もからめ捕られていた。
書記の私は、その日のうちに各委員会からその報告書を集め、総会資料としてパソコンで清書し、1週間後の印刷日までに仕上げる必要があった。
この日にもらわなければ、それだけ取りかかりが遅れる。平日は仕事と家事育児で時間が取れないし、仕事を休もうにも、2月は保育園と小学校の保護者会があり、2回の早退は必須。これ以上、家庭と仕事にしわ寄せが出るのは避けたいので、今日中に報告書を集めて、できればこの週末のうちに仕上げてしまいたい――。そんな思いでいた。
会も終わりに近づき、4つの委員会のうち3つの委員会から順調に手書きの報告書が集まった。ところが、委員長が欠席していたある委員会が、「委員長がいないと活動内容の細かいところが分からないので書けない」と伝えてきた。
えっ!
思わず、「今日提出していただかないと総会資料が作れないので困ります。委員長と連絡を取って、仕上げてもらえませんか?」ときつめの口調で問いただした。心の中では「欠席するなら事前にメンバーに内容を伝えておいてよ」とつぶやいていた。
「でも…」と口ごもるメンバー。その中の一人は、娘の同級生で同じマンションに住む子のお母さんだった。ハッとわれに返った。
フルタイムで働く彼女とは以前、「PTA、大変ですよね。仕事していると気軽に関われるような感じじゃないですね」とため息をつき合ったこともある。お互い子どもがとっくに寝た頃に帰宅することもあり、エレベーターの中で言葉を交わす同志のような存在でもあった。
私、何をキリキリしてるんだろう。声まで荒らげて。
戸惑いの表情を浮かべた彼女の顔を見て、猛烈に後悔が押し寄せた瞬間、別のメンバーの一言が追い打ちをかけた。「委員長、今日、お子さんが体調崩していて……。すぐには返事がもらえないかもしれません」
穴があったら入りたかった。この1年、PTAで理不尽な思いを数え切れないくらいしてきた。その度に憤りを感じてきた自分が、今度は自分の都合で、相手の事情も考えず、理不尽な要求をしたのだ。ミイラ取りがミイラになっている……
その場にいたメンバー全員の視線が痛かった。
PTAがおかしいなら、自分はそれに染まらないようにしよう。引き受け手がいないなら、フルタイムの保護者でも無理なく参加できるような活動に変えていこう。子どもにしわ寄せがいかない形を探ろう。うっかり引き受けてしまった役員ではあったが、任期が始まる時には、こう心に誓い、覚悟を決めていたはずだった。
自分が、どれだけ無理をしてPTAに関わっているか、私は自分の言動で思い知った。自分で考えていたよりも、はるかに深刻だった。一番したくないと思っていたことを、当たり前のような顔で、態度で、してしまっていた。深く考えもせず。
PTA本部役員を引き受けたことをきっかけに、各地のPTAの取材に関わるようになった(「東京すくすく」掲載のPTA関連記事一覧はこちら)。取材を通して、PTAにはこの5年ほどで新たな潮流が生まれていると感じる。
ただ、一保護者の立場から見たときに、非加入が選べるか、あるいは役員や委員を「無理です」と拒否できるかは、また別の次元の問題だとも感じる。他の保護者からどう見えるか。孤立しないか。地域の中で、子どもとともに生きていく親にとって、PTAを拒絶するという選択肢は選びにくいのが現実ではないか。一方で、自分のできる範囲で学校や子どもたちに関わりたいと考えている保護者はとても多い。
変化のただ中にいる私たちが、どういうふうにPTAと付き合っていくか。できる範囲で、気持ちよく子どもや学校と関わっていくにはどうしたらよいのか。理不尽を強いてしまう人、強いられる人、傍観者のままで、本当に幸せなのか――。
そんなあれこれを考えるために、PTA取材に関わってきた記者たちが、5月18日に「PTAフォーラム」を企画しました。詳細は以下の通り。ご都合があえば、ぜひご参加ください。これからのPTAについて、ご一緒に考えたいと思っています。
「PTAフォーラム~取り戻そう、自分たちの手に~」
◇開催日時:2019年5月18日(土)14:30~18:00
第1部 パネルディスカッション 14:30~15:45
第2部 ワークショップ&質疑「木村先生に聞いてみよう!」16:00~18:00
〈パネリスト〉
・越田謙治郎(兵庫県川西市長)
「保護者の負担軽減」をマニフェストに掲げて初当選。目玉政策は、改革を促すための検討会
・福本靖(神戸市立桃山台中校長)
全国屈指のPTA改革派校長。本多聞中での体験をまとめた共著書に「PTAのトリセツ~保護者と校長の奮闘記~」
・石原慎子(東京都世田谷区在住)
保護者として10年関わったPTAを今春退会。がんサバイバー。「猫紫紺」の名でブログやツイッターで情報発信を継続
〈「木村先生に聞いてみよう!」〉
・木村草太(首都大学東京教授)
「強制加入は憲法違反」など専門の憲法を武器にブラックPTAを斬る
※ワークショップでは、「役員決めの苦労」「任意加入」「PTA改革」など気になるテーマを、小グループに分かれて話します
◇会場:朝日新聞東京本社、本館2階読者ホール(地下鉄大江戸線築地市場駅すぐ上)
◇参加費:2000円
◇申し込みはこちらから
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