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富山のどこがスウェーデンか?

大都市圏からのアウトサイダー視点による地方の描写

斉藤正美 社会学者、富山大学非常勤講師

 富山県は全国47都道府県中人口では37位と小さな県であるにもかかわらず、持ち家1位、女性の正社員率1位、勤労世帯の実収入4位と経済的に豊かな県であり、その背景に女性が働きやすい仕組みがあることに着目した井手英策氏の『富山は日本のスウェーデン』(集英社新書)が昨年ベストセラーになった。

 井手氏は「10年以上の年月をかけて富山県を訪ね続けた集大成」として同書を書いたと述べている。同氏は2015年から富山県知事から富山県の基幹政策「とやま未来創生戦略」を検討する会議のアドバイザーに委嘱されており、同書では、県の基幹政策、とりわけ、家族や福祉のモデル事例などを紹介している。井手氏は旧民主党のアドバイザーも務め、リベラルの立場を打ち出しているようだが、同書では石井隆一富山県知事に声をかけてもらったことに感謝しつつ、県から紹介された人脈に依存し、県のモデル事例を称賛している。結果、同書では、女性の働きやすさに注目するにもかかわらず、富山女性の視点からの記述や当事者の声は聞かれないままだ。

井手氏の議論 女性就労と「共助」のシステム

 井手氏は富山をなぜスウェーデンになぞらえるのか、その議論を見てみよう。井手氏は富山の経済や生活基盤の豊かさを持ち家1位、勤労世帯の実収入が4位など指標で示し、その源泉を女性の正社員率が全国1位、共働き率5位という女性の就労と経済の強さに見る。そして富山を歴史的に振り返り、どうして工業立県となったのかを探る。その結果、豊富な水量をもつ河川と安価で豊富な電力があるとし、女性就業率7位、共働き率5位というように女性就労が可能になったのも、こうした力強い経済基盤があったゆえだとする。その上、富山は、水田単作地帯ゆえ長男が家を継ぎ親の面倒を見る文化が残っているため、三世代同居が全国5位と比較的多かったことと、全国2位の保育所入所率、待機児童数ゼロという保育施設の充実に見る。

 さらに、地域において町内会、婦人会、青年会、老人会などの共同体ネットワークが他の地域より残っており、それが「共助」の仕組みとして生きているのだと述べる。それに加え、全国学力テストは小中とも全国上位と公教育の水準も高い。女性が働き、経済的にも豊かで社会保障も「共助」により満たされた上に教育水準も高いとくれば北欧型社会と近い、というのが井手氏の「富山は日本のスウェーデン」論の骨子である。確かに、富山の現状については、「共助」のしくみに関すること以外は、私も事実だと思う。

富山の女性とクルマ、アウトサイダーによる思い込み

 しかしながら、氏が同書を書くに至った契機をめぐる考察、「共助」をめぐる考察については、根本的な疑問がある。まず、井手氏が富山に注目したきっかけとしてあちこちの媒体で繰り返し語っている、富山は「政治的に保守が強い地域」にもかかわらず、「通勤中の女性が驚くほど多いし、周囲を見回したらクルマを運転している人にも女性が目立つ」ことに驚いたというエピソードがある。井手氏は「一般的に保守というと、『男が働きに出て、女は家庭を守る』というイメージ」だというが、同氏は保守の女性はクルマも運転しないという先入観を持っていたのだろうか。

 富山県では公共交通が不便なので自動車に頼らざるを得ないのが実情だ。車で通勤する女性に井手氏がそんなに驚くのは、公共交通が発達し、共働き率が低い大都市圏に住んでいることに起因している可能性があるように思う。大都市圏の共働き率は、関東では千葉県43位、埼玉県40位、神奈川県41位、関西では大阪府46位、奈良県最下位などと総じて低い。また井手氏は、富山女性について「みんな軽自動車じゃなくて、結構立派なクルマに乗っている」(『週プレNEWS』2018.10.3)と話しているが、軽自動車には私も乗ってきたし、今も周りには乗っている女性は多い。富山県の軽自動車比率は28位と全国的に見ても特段低いわけではない。井手氏は実際に調査したわけでもなく、たまたま見た光景に基づき印象論で語っているようである。

 そもそも朝通勤時間帯に富山駅前を走る女性ドライバーを「通勤女性」と井手氏がみなしていることも、井手氏が駅周辺に会社が集まっている鉄道を中心に発展した大都市圏に住んでいるゆえの偏見である。マイカー通勤が多い富山では、企業や工場は鉄道の駅近辺より、企業団地など郊外に立地しているケースが多いため、実際には朝、混み合う駅前を通勤のためにわざわざ車で通る人がそう多いとは考えにくい。駅前を女性が通るとすれば、電車で通学や通勤する子どもや夫などを駅まで送迎するケースが多いのではないかと推察できる。

 そうした地域ごとの事情を斟酌することなく「女性の通勤姿が多い」と軽く断定する井手氏は、富山を大都市圏に住むアウトサイダーの視点で分析し、アウトサイダー として得た知識に基づいて富山を実像以上に美化し、理想化したモデルとして描いていないか。これでは、他者化された富山を見ているようで、富山に住む女性の一人として決して納得できるものではない。

「家族」への憧憬 「あったか家族」「富山型デイサービス」

子どもも高齢者も障害のある人も一緒に過ごす富山型デイサービス「このゆびとーまれ」=富山市富岡町

 次に、同書で問題だと思うのは、井手氏の「家族」に関する考察だ。井手氏は、「祖父母や地域を取り込み、家族の役割を地域社会にひらいた」、「日本の共同体主義を経由してしか北欧モデルは実現できない」(「批判浴びても「富山は日本のスウェーデン」」朝日新聞、2月26日)と富山の3世代同居と共同体を評価し、富山をスウェーデンに喩える。だが、富山の家族が性別役割分担や性差別の上に成り立つ「共同体」であるという内実には関心を示していない。

 例えば、同書に「家族のように支え合い、地域で学び、生きていく」富山の政策事例と称賛されている射水市の「あったか家族プロジェクト」であるが、同市青年会議所メンバーが演じる「あったか家族」寸劇では、妻と娘に家事をさせ、夫はご飯ができたら着席するという性別役割分業家族が称揚されている。富山では共働き率が高いにもかかわらず、実際に妻が家事を主に分担するという家庭は約8割に上るなど、女性が家事育児をするという役割分業が強固なまま、外に働きにも出ているのが実情だ(平成27年度富山県男女共同参画社会に関する意識調査結果)。「家族の原理」を軸とした社会をめざすのはよいが、家族の機能の再構築を目指さず、現状維持の政策では社会の持続すらおぼつかない。

 また、同書では、年齢や障害の有無にかかわらず、誰もが身近な地域でデイサービスを受けられる「富山型デイサービス」も称賛されている。理想郷のように言われ全国から視察が盛んな富山型デイサービスだが、現実的には大半が介護報酬の削減により低賃金と重労働に追い込まれている。育児や介護サービスは、必要で必須であるにもかかわらず、担い手の待遇が非常に悪い。「家族のように支え合う」ことを良いと思うのであれば、

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