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「ひっそり逝く自由」を考える~ある著名学者の死

「訃報になりたくないという願い」を遺した人の訃報を載せるべきか否か

市川速水 朝日新聞編集委員

 今年初め、改元を前にして一人の大学名誉教授が死去した。その道の大家の一人だった。

 しかし、「死後、一切の公表を控えて欲しい」という故人の強い遺志により、いまだに訃報記事は世に出ていない。

 95歳だった。

 第一線からの引退は30年も前のことになる。メディアの訃報のあり方そのものにかかわる事例であるとともに、自分の死の始末をどう考えるか、遺志というものがどの程度、社会通念として定着していくのか、時代の変化を象徴する課題の出現ともいえる。

訃報記事の掲載の線引き

拡大嘉納治五郎の訃報を伝える1938年5月5日付朝日新聞。「オリンピックの大恩人 帰途の嘉納治五郎翁、船中忽然と逝く 氷川丸で急性肺炎」と伝えている
 芸能人、政治家、経済人、学者…。訃報(死亡記事)の閲読率は高い。社会面の片隅に小さな字で載ることが多いが、経済面など専門的な面に載ったり、場合によっては片隅でなく、見出し付きで大きく、あるいは1面に載ったりすることもある。

 朝日新聞社が作成している「用語と取り決め」という社内用の手引き本にも重要な項目として数ページを割いている。

 だが、本当のところ、どんな場合に掲載するかしないか、記事の大きさをどうするかは昔も今も決まっていない。

 「手引き」にも定義がない。「有名人や著名団体・組織の役職者、大学教授などの肩書だけにとらわれず…」「社会面に掲載するのが一般的だが、肩書や重要度、紙面スペース次第で適宜、1面、経済面、スポーツ面、地域面などに振り分ける」など形式的な言い方にとどまっている。

 具体的に定義づけられないのには、いくつかの理由がある。

 新聞で訃報を扱う意味・理由としては以下のように分類できる。

①著書やメディアへの露出で世間にかなりの程度知られている人だから
②研究や様々な業績で社会に貢献した人だから
③人間国宝、勲章受章者など、国家的権威がその技能を認定した人だから
④企業の社長・役員経験者やその親族の訃報は業界内で話題となり、通夜・葬儀の日程を知って駆けつけなければならないこともあるから

 これらのどれかをクリアしていることが掲載の条件となる。

 とはいえ、それぞれの線引きは難しい。

 上述の例に対応させれば、①メディアに出たがりの、たいしたことがない薄っぺらな文化人も「世間にかなり認知されている」と言っていいのか②社会的な業績とは何を指すのか③国や団体の権威をそのまま鵜呑みにして迎合するのか④役員の妻など、あまりにも業界向けを意識すると「世間で知られている人」と矛盾するのではないか、など、結局は載せる側の感性や、読者に対する根拠不明の「需要度」に照らし合わせるしかないからだ。

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筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

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