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平成の「負のレガシー」をどう乗り越えるか  

令和新時代の幕開けに考える

柴山哲也 ジャーナリスト

 令和新時代がスタートした。平成天皇の退位から令和天皇の即位に至る代替わりの行事をメディアが伝え、平成天皇が果たしてきた象徴としての天皇の役割を振り返るチャンスになった。天皇の在り方は歴史的に固定的された概念ではなく、時代と共に変わってきた。女帝に否定的で男系天皇にこだわる考えも戦前型の固定観念である。

「象徴としての天皇」の具体像を構築した平成天皇

拡大「退位礼正殿の儀」で「おことば」を述べる天皇陛下=2019年4月30日、皇居・宮殿「松の間」、代表撮影

 戦前と違い、戦後の天皇は現人神(あらひとかみ)ではなく、「生きた象徴としての人間天皇」であることもリアルな実像として示された。

 被災地を訪問し被災住民たちと膝をついて話し合う天皇、皇后の姿には、人間天皇と国民のコミュニケーションの確かな回路の積み重ねが存在した。

 憲法で定められた象徴天皇の意味は、「日本国民の統合の象徴で、国民の総意に基づく」というだけで、わかりにくい言葉だった。

 この難解な「象徴としての天皇」の具体像の構築を全身全霊で成し遂げられたのが平成天皇だったことを、代替わりの儀式を通じて、国民は知った。

 報道のスタイルは昭和から平成への代替わり時に比べて軽いお祭り騒ぎも見られたが、昭和の自粛ムードの暗さはなく、天皇は未来を照らす明るい象徴に見えていた。だから大勢の国民が代替わりの儀式の参観、見物に参加したのだろう。

 平成天皇は皇太子時代から美智子妃を伴って沖縄を訪問、1975年の初訪問時にひめゆりの塔に献花中、火炎瓶を投げつけられたことがある。しかしそれにひるむことなく、半年後には太平洋戦争の激戦地だった伊江島を訪問し、戦没者慰霊を果たした。

 以降11回沖縄を訪問して戦没者を慰霊し、大戦時の激烈な地上戦で傷ついた沖縄の県民の心に寄り添う訪問を続けた。

 また日本国内だけでなく世界の戦没者慰霊の旅も続けサイパンなど海外の激戦地へも足を運ばれた。日本の戦没者だけでなく戦争で命を落とした世界の戦没者への慰霊も含まれていた。中国訪問時には日本が行った過去の戦争で、中国国民に大きな災禍を及ぼした反省にも言及した。

 さらに平成天皇の時代は、雲仙普賢岳の噴火、阪神淡路大震災、東日本大震災など大災害が多発した時代だったが、平成天皇は憲法上の象徴天皇の役割を考え抜いて、皇后と共に深く災害の被害者に寄り添い、被災者の心を癒やす旅を実践されて来た。被災者に目線を合わせたその時々のにこやかで優しい雰囲気、しぐさの記憶が残る。

 右派の論客が天皇のそうした仕草を論難したこともあったが、天皇はそのスタイルを改めることはなかった。

 こうした平成天皇の比類のない努力と試行錯誤がなければ、平成30年間の平和と国民の心の安定は保たれなかったのではないかと思う。平成時代の国民生活は、昭和戦後の高度成長時代にくらべ、自民党政治の混迷と安倍政権の右傾化、経済の低迷、ヘイトスピーチの蔓延などで国民は必ずしも幸福感は持てなかったが、「国民の総意を代表する象徴としての天皇」には恵まれたというのが、多くの国民の偽らざる気持ちだろう。

 平成天皇の退位に際しては、中国の習主席、韓国の文大統領、ロシアのプーチン大統領、アメリカのトランプ大統領をはじめ世界各国の首脳から「長年の平和構築への努力」をねぎらうメッセージが届いた。

 かつて第二次世界大戦の枢軸国だった日本の天皇が、戦後平和の構築と貢献で世界的な称賛を受けたことは、思いがけない慶事だった。

 平成天皇が道筋をつけた象徴天皇の生き方は、今後の日本が進むべき平和主義国の道筋を示したと思う。

 新天皇は即位にあたって、平成天皇が実践した象徴天皇の国内、国際平和への貢献を引き継ぎ、憲法に基づいて責務を果たすことを宣言した。

 「令和」新時代が平和と安定の時代になることを祈りたい。しかし気になるのは現実の政治の混迷のほうだ。令和幕開けの5月3日の憲法記念日に、安倍首相はゴルフをしながら、日本会議の集会にメッセージを送り、令和の憲法改正を語ったとの報道がある。

 平成が終わり令和新時代スタートに際して、「令和」の前に積み残されている「平成政治の負のレガシー」がある。これらの国民的課題をどう総括し乗り越えるか。ここで問題提起しておきたい。


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筆者

柴山哲也

柴山哲也(しばやま・てつや) ジャーナリスト

同志社大新聞学科大学院を中退後、1970年に朝日新聞記者となり94年に退社。ハワイ大学、シンクタンク東西センター客員研究員等をへて京都女子大教授、立命館大学客員教授。現在はフリーランサー。著書に『日本型メディアシステムの興亡』(ミネルヴァ書房)、『公共放送BBCの研究』(同、編著)、『新京都学派』(平凡社新書)、『真珠湾の真実』(平凡社新書)等。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです