メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

[29]分断の時代におけるNPOの役割とは?

「共感獲得競争」の弊害を考える

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 ゴールデンウィーク10連休の初日にあたる4月27日、「東京アンブレラ基金」の試験運用が始まった。

 「東京アンブレラ基金」とは、私が代表理事を務める一般社団法人つくろい東京ファンドが都内の7つの協働団体とともに立ち上げたプロジェクトである。

 近年、家庭に居場所のない子どもや若者、LGBTの生活困窮者、海外から日本に逃れてきた難民、人身取引被害者、原発事故避難者など、さまざまな分野で困難な状況にある人たちを支える民間の活動が広がりを見せている。

緊急宿泊支援を財政的に支える「東京アンブレラ基金」

 それらの団体の活動内容はさまざまであるが、個別にお話をうかがうと、それぞれの相談現場において、支援スタッフが「今夜、行き場がない」という状態にある人に出会い、団体としてネットカフェ代やホテル代などを支給している例が意外に多いことがわかってきた。

 ホームレス状態に陥る人が多様化する中、表向き「ホームレス支援」と銘打っていなくても、それぞれの団体が実質的にホームレス状態にある人を支えている現状が見えてきたのである。

 そこで、各団体が実施している「緊急宿泊支援」を財政的に支えるため、「東京アンブレラ基金」という合同の「財布」を作ることにした。詳しくは下記の記事をご一読いただきたい。

[27]誰一人、路頭に迷わせない東京をつくる - 稲葉剛

 「東京アンブレラ基金」では、事前に登録した協働団体が「緊急宿泊支援」としてネットカフェ代等を支給したり、自団体で運営するシェルターに無償で宿泊してもらった際、1人あたり1泊3000円(連続4泊まで)を助成することとしている。その財源は、3月28日から実施しているクラウドファンディングだ。

連休中に「基金」を活用し10代の若者を支援

 クラウドファンディングは、6月15日まで継続中であるが、今年のゴールデンウィークは改元の影響で10連休となり、その期間は行政機関の機能が停止するため、その間に行き場を失う人が続出するのではないか、という懸念があった。

 そこで、ゴールデンウィークの初日の4月27日から「東京アンブレラ基金」の試験運用を始めたのである。

 その結果、連休中、「東京アンブレラ基金」を活用したケースが5件発生した。うち2件は、東京・池袋で路上生活者支援を行っているNPO法人TENOHASIが医療・福祉相談会に相談に来た路上生活者にネットカフェ代を支給したケースであり、残り3件は意外なことに10代の若者を支援する一般社団法人Colaboが「緊急宿泊支援」を実施したケースであった。

「東京アンブレラ基金」キックオフ集会の参加者による集合写真

 Colaboの代表である仁藤夢乃さんは、5月12日に都内で開催された「東京アンブレラ基金」キックオフ集会の場で、その3件の支援ケースを報告してくれた。

 仁藤さんによると、3人はいずれも16~17歳の若者で、2人は女の子、1人は男の子だった。どの子も背景に親による虐待の問題があったという。

 3人はそれぞれ家出をしていたり、親から家を追い出されていて、友人宅やネットカフェ、住み込みの寮などを転々としていた。連休中は児童相談所も機能していなかったため、女の子2人はColaboが運営しているシェルターに泊まってもらい、男の子はネットカフェの宿泊費を支給した。

 うち1人の女の子は、Colaboのシェルターに置いてあるゲストブック(誰でも書き込めるノート)に「これまで夢とか、自分のやりたいことについて考えたことがなかったけど、そういうことも考えていいのかなと思うようになった自分がいる」という趣旨のことを書き込んでいたそうだ。

 Colaboでは、連休明けに児童相談所などの公的機関と連携をしながら、3人に対して継続的な支援を行っている。

 昨年度、Colaboの一時シェルターにおける「緊急宿泊支援」は、10代の女の子を中心に計47人、231泊にのぼった。Colaboでは中長期の宿泊のためのシェアハウスも6部屋用意しているが、今後、増設を計画しているという。

開始2カ月で480万円を超える支援金

 「東京アンブレラ基金」のクラウドファンディングは、大きな反響を呼び、開始から1週間で当初の目標額である200万円を突破した。

 開始から2カ月を経過した時点で、560人以上の方から計480万円を超える支援金が集まった。これは延べ1600泊以上の「緊急宿泊支援」を可能にする金額である。

 正直なところ、クラウドファンディングのキャンペーンを始める前は、十分な資金が集まるだろうかという不安があったので、嬉しい誤算となった。

 当初、懸念を抱いていたのは、「東京アンブレラ基金」の支援金の集め方が、NPO業界における寄付集めの常道からは外れるものだったからだ。

 寄付者の心理に関するアメリカの研究では、人々は飢餓や貧困といった社会問題に関する統計データを見せられるよりも、実際に苦しんでいる1人の人のストーリーに接した時の方が、寄付に前向きになる傾向があるという研究結果があるという。

 日本におけるNPOの寄付集めにおいても、「個人のストーリー」を前面に出すのが成功のもとであるというのは、よく言われることだ。

 だが「東京アンブレラ基金」は、それぞれ異なった分野で活動する諸団体が合同で実施するキャンペーンであり、ある寄付者が出した資金が、どの団体の「緊急宿泊支援」に使われるかは、あらかじめ決まっていない。

 「行き場のない10代の若者のために」と思って出した3000円が、実際には60代の路上生活者の男性や海外から逃れてきた難民のための「1泊」に使われることもあるのだ。

 こうした寄付は、使途が決まっているものの「宛先」を指定していない寄付とも言うことができる。

 逆に、特定の個人を「宛先」に指定した寄付集めとは、どういうものだろうか。

「スピーチが奨学金受給の条件」に違和感

 私が思い出すのは、児童養護施設から社会に出る若者たちを支援するNPO法人ブリッジフォースマイルが、2017年まで実施していた奨学金支援プログラム「カナエール」である。

 「カナエール」は、児童養護施設退所者が自らの夢を語ることで奨学金を獲得するスピーチコンテストで、2011年から7年にわたって実施された。スピーチコンテストの模様はテレビ番組でも取り上げられる等、大きな反響を呼び、計96人の若者に1億4300万円の奨学金を提供できたという。

 だが、児童養護施設退所者に対して、奨学金獲得と引き換えに人々を感動させるスピーチをすることを求めるという手法に、私は違和感を抱いていた。児童福祉の関係者からも批判があったと聞いている。

 今年5月10日になって、ブリッジフォースマイルの林恵子理事長は、自身のブログに 「カナエールの反省 」という文章を掲載した。

 その中で、林さんは反省点として「スピーチを奨学金受給の条件としたこと」、「感動するレベルを求めたこと」、「自己開示のリスクへの配慮が至らなかったこと」の3点を挙げ、「実際、進学したいけど、お金がないから、嫌だけどスピーチするしかない。という子もいました。ただ進学したいだけなのに嫌なスピーチを強制してしまい、申し訳なかったと思います。」と謝罪した。

 また、スピーチの内容についても、「生い立ちを語ることは強制しない、本人の意思に委ねることにしていましたが、振り返ってみると毎年半分くらいの人が生い立ちに関わる内容をスピーチに盛り込んでいました。」、「スピーチの質を上げる目的からスピーチコンテストとして賞をもうけたことも、自己開示を促すことにつながりました(ただし奨学金は一律)。申し訳なかったと思っています。」と書いている。

 プログラムの終了から時間が経っているとは言え、問題点に率直に向き合っていらっしゃる点には敬意を表したい。

「宛先」を個人に指定する寄付集めの問題点

 私には、「カナエールの反省」は「宛先」を個人に指定する寄付集めの問題点を明らかにしたように思える。

 近年、クラウドファンディングのサイトでは、団体の事業ではなく、個人の夢を実現するための寄付集めが多く見られるようになってきた。それ自体は悪いことではないのだが、困難を抱える人たちへの支援にこの仕組みを援用するのは、「カナエール」同様、本人の生い立ち等の自己開示を促して、多くの人の共感を獲得することを求めることにつながりかねないと考える。

 企画者の意図がどうであろうと、

・・・ログインして読む
(残り:約4045文字/本文:約7643文字)