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望月衣塑子の質問(2)菅官房長官とドタキャン

菅官房長官が望月記者のドタキャン質問に異様なこだわりを見せた背景

臺宏士 フリーランス・ライター

国連特別報告者の調査がキャンセル

拡大ノーベル医学生理学賞に決定した本庶佑・京大特別教授にお祝いの電話をする安倍晋三首相=2018年10月1日、東京都渋谷区
 安倍首相がノーベル賞に関心がないというわけではないだろう。

 過去の日本人の受賞者とはすぐに面会したり、受賞の報に接すると自ら直接電話して祝福したりしている。新聞記事で確認したところ、安倍首相が最も早く面会したノーベル賞受賞者は、民主党政権だった2012年に受賞した山中伸弥氏だった。2013年1月29日に首相官邸で面会した。

 その後も受賞者との面会は続く。2014年受賞の天野浩、中村修二の両氏とはそれぞれ同年10月23日、11月6日。15年に受賞した大村智と梶田隆章の両氏とは10月29日に一緒に会った。16年受賞の大隅良典氏とは10月31日だった。いずれも首相官邸での面会で、18年の本庶佑氏とは10月7日に京都市であった国際会議の朝食会に同席したのだった。山中氏を除いては、いずれも受賞決定のニュースからそう日を置いているわけではない。

 ノーベル平和賞に至っては、トランプ米大統領が19年2月のホワイトハウスでの記者会見で、安倍首相から「日本を代表し、経緯を込めてあなたを推薦した」という手紙を受け取ったことを明らかにしているほど関心を寄せているのだ。

 しかし、安倍首相はICANの受賞には当時、何のメッセージも送らなかったばかりか、いまもってICAN側に祝意を寄せたことはないという。このことからも、安倍首相が政府の政策と異なる団体へのノーベル平和賞受賞を苦々しく思っていた様子がうかがえる。

 2018年1月16日、望月記者が菅長官にぶつけたこれに関する質問は次のような内容だった。

 「核なき平和を互いに前進させるためにも予定を変えて(安倍首相が)と会うということを検討しないのか。首相が会えない場合、ナンバー2である菅さんご自身がICANの事務局長と会うことは検討していないのか、お聞かせください」

 これに対して、菅官房長官は「まず私はナンバー2ではありません。いずれにしろ、この件については昨日(15日)も質問があって昨日答えた通りです」としか答えなかった。

 15日、菅長官は、共同通信記者の質問に対して「外務省から日程の都合上(面会は)できないという旨回答をした。それ以上でもそれ以下でもない」と答えていた。

 それ以上でもそれ以下でもない――。これは、菅長官が、記者の質問の狙いに政府批判を嗅ぎつけたときに発するお決まりの言葉だと思う。安倍首相は嫌いだから会わないということではなく、ただ日程の都合だと強調したいのだろう。しかし、この言葉は、サーローさんのときの説明(12月6日の記者会見)にはなかった。

 「フィン事務局長が首相と面会できなかったのは、年末年始を挟んだ時期の要請で外遊とも重なり、仕方ない面はあったと思います。しかし、サーローさんと首相との面会については、かなり前から正式に要請していたにもかかわらず実現せず、残念でした。各国の政府を代表する人を表敬し核兵器廃絶に向けた要請を行うことは、ノーベル平和賞を受賞した団体の責務だと思っています。ICANとして、安倍首相への表敬訪問はいつか実現したいと思います」

 川崎氏はそう語った。

 首相官邸が問題視した望月記者の質問の「ドタキャン」という表現は、フィン事務局長による表敬訪問に続いて尋ねた中にあった。

 「一昨年(2015年)の11月のとき、国連人権理事会のデビッド・ケイさんが菅さんや高市総務大臣とご面会したいというときも、政府側がドタキャンをしたという経緯がございました。こういうことを踏まえて、国際的に高く評価されている方々と政府の要職にある方々ときっちり会ってお話をし、世界にメッセージを発信していくことの必要性というのはどの程度、政府は真剣に考えているんでしょうか」

 この質問に対して、菅官房長官は不快感を隠さなかった。

 「まず、ドタキャンなんかしていません。事実に基づいて質問してください。以上です」

 菅長官はそれだけ言うと、さっさと記者会見場から去ってしまった。つまり、肝心の質問に対しては何も答えなかったのだ。

拡大「日本政府は直接、間接にメディアに圧力をかけている」。国連特別報告者のデビッド・ケイ氏は国連人権理事会にそう報告した(2017年6月)。これを受けて開かれたシンポジウム「ペンは負けないカメラは見逃さない――ジャーナリストの良心宣言2018――」で、望月衣塑子記者(左)は、元朝日新聞編集委員の竹信三恵子氏(右)と対談した=東京都千代田区で2018年7月1日、筆者撮影

 デビッド・ケイ氏は、米カリフォルニア大学教授で、国連人権理事会から任命された特別報告者だ。人権理事会に対して各国の人権状況を調査し、報告する役割がある。

 日本は表現の自由の状況について初めて調査を受けることになり、ケイ氏は外務省の招待という形で2015年12月1日~8日の日程で来日して調査するはずだった。国連自由権規約委員会やケイ氏の前任であるフランク・ラ・ルー氏(グアテマラ)が懸念を表明した特定秘密保護法(13年12月成立、14年12月施行)や、インターネット上の権利、メディアによる取材報道の自由、知る権利などに関して官民の関係者から聞き取る予定だったという。

 ところが11月に入って異例の事態が発生した。アムネスティ・インターナショナル日本など国内の9つのNGOが岸田文雄外務相宛に提出した「表現の自由特別報告者の日本調査の中止に関するNGO共同要請書」(2015年11月25日)によると、ケイ氏は、11月13日、ジュネーブの日本政府代表部から突然、メールを受け取った。次のような内容だったという。

 「関係する政府関係者へのミーティングがアレンジできないため、訪問は実施できない」――。翌2016年の秋以降で再調整するという。

 外務省は2015年10月21日の時点でケイ氏を12月に招待することをケイ氏本人にも通知していた。11月13日の延期の通告に対して、ケイ氏は「日本政府に対して再度予定されていた日程での調査の実現を求めたが、11月17日、日本政府の対応に変化が見られないためキャンセルを受け入れ」たと日本の関係者に連絡した。

 「政府関係者との調整を理由にこれを延期することは極めて異例のことであり、二度と繰り返されてはならない」。そう指摘した共同要請書に名前を連ねた、秘密保護法対策弁護団の海渡雄一弁護士らは11月25日に外務省人権人道課長と面会し、2016年前半の早期訪問の実現を要請したという。

 海渡弁護士によると、ケイ氏は同じ2015年3月に来日し、自ら外務省に赴き来日調査を強く要請していた経緯があるという。12月の訪日が正式に決まった10月21日の翌22日、ケイ氏は、国連人権理事会で演説し、調査の実現を「うれしい」と表明したという。そして、訪日のわずか2週間前のキャンセルである。

 「外務省からの連絡を受けてケイ氏が国連演説までしている中で、外務省自身が訪日調査の延期を言い出すはずがありません。私たちは当時、外務大臣よりもハイレベルの人物からの指示でドタキャンが決まったと受け止めていました。それは、人権人道課長との交渉での外務省側の態度や言葉のニュアンスからも外務省の外部からの圧力があったと思いました。それは安倍首相か菅官房長官だというのが私たちの見立てでした。私たちも日本政府によるドタキャンという認識で、言葉としても実際に使っていました」

 海渡氏は当時の状況をそう語る。

 実際に東京新聞(2015年11月26日朝刊)は「国連調査早期実現を 『表現の自由』延期でNGO」の記事の中で、アムネスティ・インターナショナル日本の川上園子氏の記者会見(25日)の発言を「日本は北朝鮮などには特別報告者制度に協力するよう言っているのに、自分の国ではドタキャンするようでは外交の説得力に欠ける」と紹介している。

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筆者

臺宏士

臺宏士(だい・ひろし) フリーランス・ライター

毎日新聞記者をへて現在、メディア総合研究所の研究誌『放送レポート』編集委員。著書に『アベノメディアに抗う』『検証アベノメディア 安倍政権のマスコミ支配』『危ない住基ネット』『個人情報保護法の狙い』。共著に『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』など。 

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