癒えない悲しみ 心のすき間を狙う非科学的なペットロス・ビジネスに注意を!
2019年06月08日
「ペットロス」という概念が日本に紹介されてから20年あまり。2000年からペットロスを支援する自助グループを運営する筆者は、会の目的を話すと、「暇なんだねえ」と笑われたり、「ぜいたくな人たちの悩みじゃない?」とやゆされたりする経験をしてきた。近年、ペットと暮らす人にとって、ペットは家族であるとの認識が一般的になっているが、ペットの死を悼むことへの理解は、社会の中で進んできたのだろうか。
「葉月さーん、私のこと覚えていますか?」
夕刻前の、のんびりと人が行き交う郊外の駅で、明るい声に呼び止められた。振り返ると、見覚えある50の代女性がいた。
彼女は私の運営するペットロスの自助グループ「Pet Lovers Meeting」(PLM)にかつて参加していた女性だ。PLMはペットとの死別の悲しみを語り合う「ミーティング」を定期的に開いている。そこでは、ペットを亡くした人たちが、経験を語り合うことによって、悲嘆と向き合い、心を整理していくための安全な場所を提供している。
当然のことながら、この会に参加する人たちは、ほとんど(その時点では)大切なペットを亡くした深い悲しみに沈んでおり、自責の念に駆られていることも多い。今の自分の気持ちを話す、そして他者の経験を聴くうちに、それぞれのペースで気持ちが落ち着き、ミーティングに参加しなくなるのは自然なことだし、私たちのグループのまさに意図していることなので、その後、参加者に個人的にお会いしたりする機会はほぼない。
なので、これは大変意外な出会いだった。彼女は、たまたま私と利用駅が同じだったらしい。
「その後は、どうですか?」と尋ねる私に、返ってきたのは思いもしない言葉だった。
「もう、猫ってこんなに可愛いものだと思わなかったんです!」
えっ、ね、猫??
数年前の彼女は、実は大切にしていた「愛犬」が、動物病院での手術の過程で亡くなっており、獣医師への怒りや自責の念を抱えて、かなり重篤なペットロスだった。それが……。
彼女の話によれば、その出会いは唐突なものだったようだ。数カ月前、散歩をしていた時、その猫は林から痩せてフラフラの状態で飛び出してきたのだという。生後半年くらいの中猫だ。猫はそんな状態にもかかわらず、足に絡みついて離れない。これはもう自分が育てるしかないと決心し、その子を自宅に連れ帰ったのだとか。
もともと完全に犬派だったが、それ以来、わんぱくで元気いっぱいの猫を育てるのに追われている……と元気そうに話す。
なるほど。悲嘆と折り合いをつけ、また次の人生を歩き出すきっかけというのは、他人に想像がつかないこともある。これが「ペットロス」というものの理解を、より難しくしているのかもしれない。
ペットを亡くした人に「代わりのペットを飼えば?」というのは禁句なのだが、必ずと言っていいほど、私たちのミーティングを訪れる参加者は、ペットを飼わない周囲の人たちからこのようなアドバイス(?)をされている。
人間のことであれば、愛する者を失った人に対して、「すぐに代わりが見つかる」などと慰める人がいるだろうか?
私が自助グループを作ったきっかけは、自分の愛猫がリンパ腫になり、日本獣医生命科学大学(当時は日本獣医畜産大学)で1年半抗がん剤治療を受け、亡くなったことだった。抗がん剤による治療など専門的な動物のがん治療をしていたその病院には、同じような患者(とその飼い主)が集まっていた。そこで私は、同じ気持ちを持つ人と語り合うことが、どんなに心の支えになるかを体験したのだった。
病院の待合室で知り合った仲間と1999年に小さな会を立ち上げ、2000年からはミーティングを、03年からは、ペットロス経験のあるボランティアが電話で話を聴くペットロスホットラインも運営している。19年6月2日に第76回ペットラヴァーズ・ミーティングが池袋で開かれたが、現在までに参加者はのべ約1000人、ペットロスホットラインは6月2日までに1241件の電話を受けている。
私たちがミーティングを始めた当初借りていた公共の施設では、会議の目的を確認した担当の男性から「あはっはー、あんたたち暇なんだねえ〜」と心底驚いた様子で大爆笑されたものだ。さすがに近年、PLMの活動が笑われることはなくなった。
内閣府によれば、現在日本では、34.3% の家庭でなんらかのペットを飼育している(内閣府2010「動物愛護に関する世論調査」)。これは、2017年の18歳未満の児童がいる家庭、23.3%を上回る数字である(厚生労働省 2018「国民生活基礎調査の概況」)。少子高齢化の進む中、多くの日本人にとって今やペットの問題の方が、育児よりも実際身近な関心事となりつつあるとも言えるだろう。
当然のように、日常生活に支障をきたすような重篤なペットロスになる人も増えているのだ。
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