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ペットロスは「治す」ものなのか?

癒えない悲しみ 心のすき間を狙う非科学的なペットロス・ビジネスに注意を!

梶原葉月 Pet Lovers Meeting代表、立教大学社会福祉研究所研究員

 「ペットロス」という概念が日本に紹介されてから20年あまり。2000年からペットロスを支援する自助グループを運営する筆者は、会の目的を話すと、「暇なんだねえ」と笑われたり、「ぜいたくな人たちの悩みじゃない?」とやゆされたりする経験をしてきた。近年、ペットと暮らす人にとって、ペットは家族であるとの認識が一般的になっているが、ペットの死を悼むことへの理解は、社会の中で進んできたのだろうか。

梶原さん1拡大愛猫と一緒の梶原葉月さん

動物病院での手術で亡くなって重篤なペットロスに

 「葉月さーん、私のこと覚えていますか?」

 夕刻前の、のんびりと人が行き交う郊外の駅で、明るい声に呼び止められた。振り返ると、見覚えある50の代女性がいた。

 彼女は私の運営するペットロスの自助グループ「Pet Lovers Meeting」(PLM)にかつて参加していた女性だ。PLMはペットとの死別の悲しみを語り合う「ミーティング」を定期的に開いている。そこでは、ペットを亡くした人たちが、経験を語り合うことによって、悲嘆と向き合い、心を整理していくための安全な場所を提供している。

梶原さん1拡大Esin Deniz/shutterstock.com

 当然のことながら、この会に参加する人たちは、ほとんど(その時点では)大切なペットを亡くした深い悲しみに沈んでおり、自責の念に駆られていることも多い。今の自分の気持ちを話す、そして他者の経験を聴くうちに、それぞれのペースで気持ちが落ち着き、ミーティングに参加しなくなるのは自然なことだし、私たちのグループのまさに意図していることなので、その後、参加者に個人的にお会いしたりする機会はほぼない。

 なので、これは大変意外な出会いだった。彼女は、たまたま私と利用駅が同じだったらしい。

 「その後は、どうですか?」と尋ねる私に、返ってきたのは思いもしない言葉だった。

 「もう、猫ってこんなに可愛いものだと思わなかったんです!」

 えっ、ね、猫??

 数年前の彼女は、実は大切にしていた「愛犬」が、動物病院での手術の過程で亡くなっており、獣医師への怒りや自責の念を抱えて、かなり重篤なペットロスだった。それが……。

 彼女の話によれば、その出会いは唐突なものだったようだ。数カ月前、散歩をしていた時、その猫は林から痩せてフラフラの状態で飛び出してきたのだという。生後半年くらいの中猫だ。猫はそんな状態にもかかわらず、足に絡みついて離れない。これはもう自分が育てるしかないと決心し、その子を自宅に連れ帰ったのだとか。

 もともと完全に犬派だったが、それ以来、わんぱくで元気いっぱいの猫を育てるのに追われている……と元気そうに話す。

 なるほど。悲嘆と折り合いをつけ、また次の人生を歩き出すきっかけというのは、他人に想像がつかないこともある。これが「ペットロス」というものの理解を、より難しくしているのかもしれない。

梶原さん1拡大mannpuku/shutterstock.com

筆者

梶原葉月

梶原葉月(かじわら・はづき) Pet Lovers Meeting代表、立教大学社会福祉研究所研究員

1964年東京都生まれ。89年より小説家、ジャーナリスト。99年からペットを亡くした飼い主のための自助グループ「Pet Lovers Meeting」代表。2018年、立教大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。近著『災害とコンパニオンアニマルの社会学:批判的実在論とHuman-Animal Studiesで読み解く東日本大震災』。立教大学社会学部兼任講師、日本獣医生命科学大学非常勤講師。

梶原葉月さんの公式サイト

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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