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ラグビーの世界へ、ようこそ【1】

ワールドワイドな夢を見よう

西山良太郎 朝日新聞論説委員

ラグビーW杯wavebreakmedia /Shutterstock.com

 ラグビーワールドカップ(W杯)が、この秋、日本で開かれる。9回目を数える楕円球の祭典が、英国やニュージーランド、オーストラリアといったラグビー先進国を離れ、アジアで開催されるのは初めてのことだ。

 野球やサッカー、テニスやゴルフなどに比べると、国内のラグビーへの関心は、まだ発展途上だ。しかし、世界を見渡すと、観客動員などの規模でいえば、ラグビーW杯は五輪とサッカーW杯に次ぐ巨大な国際イベントになっている。世界をリードする20チームが集うこの機会を、ボォーっと見過ごすのは、もったいない。

 まだ間に合います。

 ラグビーについて少し知り、最新のW杯事情に触れれば、泥と汗にまみれた楕円球の転がる先に、キラキラと輝く世界が見えてくるはず。

 ラグビーW杯に、ようこそ。

スタジアムは共鳴装置

 防具なしで体をぶつけ合い、両チーム合わせて30人の選手が縦横無尽の集散を繰り返すラグビーは、球技であり格闘技でもある。

 テレビ観戦もいいけれど、せっかくのこの機会に、ぜひ、スタジアムへ足を運びたい。

 耳をすませば、身長190センチ、体重100キロ級の巨漢同士が激突し、肉体がきしむ音が聞こえるはずだ。打ち寄せる波のような突進と、働きバチのように繰り出すタックルのせめぎあいが、見る者の五感をふるわせる。観客席とフィールドが緊張の糸で結ばれ、スタジアムは巨大な共鳴装置に変わる。その瞬間を味わってほしい。

ラグビーW杯2018年6月、日本代表とジョージアとの試合=愛知・豊田スタジアム

 W杯では、全国12都市で48試合が行われる。

 最近驚いたのはチケットの売れ行きである。

 発売総数180万枚のうち、5月中旬の時点で、既に130万枚が売れている。ラグビー発祥の地、イングランドで開かれた前回2015年大会より速いペースだという。

 一般のチケットの最高額は決勝の10万円。人気の日本戦は一番安い席でも1万円と、なかなか高価だ。でも、2019円、3千円で見られる試合もある。16歳未満には1千円の券もある。

 各国の代表チームには、おのずとプレースタイルや戦術にお国柄や国民性がにじんでくる。だから、どの組み合わせを見ても、それぞれの楽しみ方ができるはずだ。

 チケットは3割近くが海外で売れているという。スタジアムには様々な国や地域から観客が集まる。ラグビーを見ることによって、人々が、言語、肌の色、国境を超えてつながる瞬間が生まれる。それも、スタジアムで体感してほしい。

手を使うか否か、そこが分かれ道

 ラグビーのW杯は1987年に始まった。サッカーは1930年にスタートしているから、遅れること57年。なぜなのか?

 背景に、サッカーへのライバル意識がある。

 スポーツとしての源流は、どちらも中世のヨーロッパ各地で行われていた「原始的なフットボール」だ。

 19世紀の英国のパブリッククールでは、生徒たちが、それぞれの学校で独自にルールを作り、楽しんでいた。

 英国内の交通網が整備されて学校同士の対校戦が広がり、ルールを統一しようという動きが起きた。1863年に開かれた会議で「手を使うことを認めるか、制限するか」といったいくつかの原則で二つのグループが対立した。その時、「認める派」が離脱。残った「制限する派」のルールが「サッカー」となってゆく。8年後には、複数の参加チームが一発勝負で王者を決めていくノックダウン方式の大会を創設し、成功を収めた。選手が金銭を受け取ることも認め、サッカーは競技として世界へ広まっていった。

 一方、「手を使うのを認める派」は1871年、ラグビー協会をつくった。ラグビーという呼び名は、「球を持って走ることを認めるルール」を作ったパブリックスクールの名前にちなむ。

 それからのラグビーは、サッカーに対抗するように、異なる道を歩む。

 象徴的なのは「アマチュアリズム」だ。プレーすることで金銭を受け取るべきではないという考えが、長く信奉された。そこには、試合はお互いが鍛えた力を競い合えば十分という考え方も含まれた。これが世界一を争う場を持たない理由になっていた。

 それでも、北半球ではイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの英国4協会にフランスを加えた「5カ国対抗」があり、ホーム・アンド・アウェー方式で毎年行われる試合は、広く関心を集めた(この試合は、後にイタリアが加わり、現在でも続いている)。

 だが、実力で「5カ国」と肩を並べる、南半球のニュージーランドとオーストラリアには不満があった。自分たちも存分に力を示す国際的な機会が欲しい。そう考えた両国が強く求めたのが、W杯の創設だった。

目下の日本の実力は

ラグビーW杯2018年11月、日本代表とニュージーランドとの対戦で、ボールを持って走る日本代表のフォワード、リーチマイケル=東京・味の素スタジアム

 ラグビーも、サッカーと同様に、多数の参加国が1カ所に集まって競う大会が開かれるようになった。

 では、その中で、日本ラグビーはどのくらい「強い」のか。

 「確実に力があがっていることは間違いない」

 日本ラグビー協会の福島弦さんは、そう言って、世界ランクの変遷を並べた資料を見せてくれた。「BEYOND2019戦略室長」として国際戦略を担う立場だ。

 現在は105協会がそのランクに名を連ねている。

 第5回大会があった03年、日本の世界ランクは20位だった。それが昨年は11位だ。W杯で3勝をあげ、過去最高だった15年の10位には及ばないものの、3年連続で11位を守っている。

 ラグビーは伝統国の強さがはっきりしているスポーツだ。世界一を争うW杯が始まったことで、それはさらに鮮明になった。ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランド、フランスの8協会が上位を占める構造は、おおむね変わらない。

 「日本は15年間で九つランクを上げた。(トップ8の)背中が見えるところまできた。ここからの壁は高いけれど、だからこそ、世界と日本の関係を見すえながら、次の戦略が重要になる」と福島さんは言う。

 その「戦略」の骨格の一つが、W杯の開催である。

 日本協会が初めて招致を公の場で発言したのは03年1月のことだ。

 この年、日本ラグビーは大きく変わろうとしていた。それまで三つに分かれていた地域リーグを再編して国内を統一する「トップリーグ」の創設が秋に控えていたのだ。トップリーグは、国内最高峰の場となる。それを機会にラグビーの将来像を考えようというフォーラムが開かれ、基調講演の中で言及されたのが、W招致だった。

 当時の真下昇専務理事がこう話した。

 「企業スポーツは今、曲がり角です。トップリーグを成功させ、他の競技団体の参考となる結果を残したい」「私たちにはいくつか夢がある。(その一つである)W杯を日本で開催できないか」

 会場に静かなどよめきが広がった記憶がある。

 この発言は国内のサッカーを意識したものだった。サッカーは1993年に初のプロリーグとして「Jリーグ」をスタートさせ、02年には日韓共催のW杯を成功させた。サッカーファンを爆発的に増やし、一つのスポーツ文化を打ち立てる大きな基礎になった。

 一方、その頃のラグビー界は、日本選手権でそれぞれ7連覇を達成した新日鉄釜石と神戸製鋼がリードしたブームがしぼんでいた。社会人チームは三つの地域リーグに分かれて所属しているため、強豪同士が競い合う試合はごく限られていた。人気の高い大学チームも、実力では社会人との差が大きくなっていた。少子化もあって競技人口が減少する危機感も広がっていた。

 こうした閉塞感を打ち破ることを狙ったのが、トップリーグの創設であり、W杯の招致だった。

丸の内の応援団

ラグビーW杯丸の内にある楕円球のモニュメント

 トップリーグの創設以来、外国からの有力選手が増え、確かに競技はレベルアップしてきた。だが、サッカーが「100年構想」を掲げ、全国にクラブを増やし、若手選手の育成や子供たちへの普及やグラウンドの芝生化などの環境整備も併せて進めてきたことに比べると、ラグビー界の戦略的な動きは乏しい。W杯を機に、ラグビーの魅力を人々に広く伝え、文化を深く根付かせるためには、さらに努力が必要だ。

 興味深い動きもある。

 東京駅の西側、オフィス街の丸の内ビルの角に、巨大なラグビーボールのモニュメントがある。その向かいの仲通り沿いの木陰には「ベンチアート」があり、ラグビー好きで知られる芸人「中川家」の兄弟の像がユニフォーム姿で座っている。人々はそこで昼食の待ち合わせをしたり、ベンチに座って写真を撮り合ったりしている。ラグビーが街に溶け込む空間ができているのだ。

 これは、不動産会社の三菱地所グループが企画する「丸の内15丁目プロジェクト」の一環だ。

 3丁目までしかない丸の内に、チームの人数にちなんだ架空の自治体「15丁目」を作り、ラグビーを応援する人たちが集う事業。このプロジェクトに賛同し、「15丁目」の「住民」に登録をした人は半年で4千人ほどにのぼる。

 ラグビーというスポーツは、パワーやスピードがあれば有利だが、本質はボールをゴールラインまで運ぶ陣取り合戦だ。戦略や戦術を集団で遂行する「頭脳戦」でもある。「15丁目」はその部分にも注目し、ラグビーを通してビジネスやマネジメントを考えるセミナーを開いたり、アートや食文化と結びつけたりと、さまざまなイベントを展開。ラグビーをよく知らない人も積極的に仲間にしてゆこうとしている。

 三菱地所はW杯日本大会の公式スポンサー。「15丁目」には当然、大会や会社のPRという役割がある。だが、そこにとどまらず、街とラグビーを結びつける発想は新鮮だ。三菱地所ラグビーワールドカッププロジェクト推進室の出雲隆佑さんは、この事業を企画するにあたり、「まねしたり、参考にしたりした先例はない」という。今回のW杯を機にみえてきた新しい動きなのだ。

 約120年を数える日本ラグビーの歴史は、決して短くはないけれど、広がりも厚みも、まだまだだ。W杯という祭典をきっかけに、楕円球を中心にイベントや人がつながって、有機的な連係が生まれ始めた。この芽をどうやって豊かなラグビー文化に育てるか。みんなで考えていきたいと思う。

ラグビーW杯ユニフォーム姿の「中川家」が座るベンチアート

【ラグビーワールドカップ2019】
2019年9月20日~11月2日 48試合

開催都市
札幌市、岩手県釜石市、埼玉県熊谷市、東京都、横浜市、静岡県、
愛知県豊田市、大阪府東大阪市、神戸市、福岡市、熊本市、大分県

大会ビジョンは「絆 協創 そして前へ」