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裁判員制度10年間の総括と残された問題点(上)

瀬木比呂志 明治大法科大学院教授

ゆがみが大きい現行の裁判員制度

 現行裁判員制度に関しては、当時の刑事系トップ裁判官たちが刑事系の存続・権益確保のためにその導入に大きく舵を切った(反対から賛成に姿勢を一転した)という事情もあって(『絶望の裁判所』)、制度のゆがみが相当に大きい。

 具体的には、①裁判官刑事系の存続・権益確保という目的のために制度がゆがめられていることと、②実際には市民をあまり信用していないのに制度自体は性急に導入したことから、その大枠において市民尊重の趣旨が貫かれていないこと、以上2つの観点からの疑問提示が可能だ。

 これらの観点を元に、今度は、具体的に、疑問点を順に挙げてみる。

 ①第一に、一定範囲の重大事件すべてについて裁判員裁判を行う必要はなく、被告人が無罪を主張して争い、また市民の裁判を求める事案に限って市民参加の裁判を保障すれば、それで十分であり、また、それが適切である。

量刑を決めるだけのための長期間拘束は非常識

 被告人が弁護人ともよく相談した結果、有罪答弁をする場合に、実質的にはただ量刑を決めるだけのために裁判員を長期間拘束するのは、率直にいって、非常識ではないかと思う。刑事系の存続・権益確保のためにこうした制度になっているといわれて、反論できるのか。少なくとも、「梨花に冠を正す」規定の典型であろう。

 大体、量刑というのは、基本的に、マクロ的に醒めた目でみてゆくべきものだというのが、これも世界標準の法律家の常識だ。僕がみたアメリカの州裁判所の裁判でも、もう37年も前のことになるが、陪審員の有罪評決後、量刑および具体的な行刑については、「専門家である調査官の意見」に基づいて、裁判官が細かく決定していた。

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筆者

瀬木比呂志

瀬木比呂志(せぎ・ひろし) 明治大法科大学院教授

1954年名古屋市生まれ。東京大学法学部在学中に司法試験に合格。裁判官として東京地裁、最高裁などに勤務、アメリカ留学。並行して研究、執筆や学会報告を行う。2012年から現職。専攻は民事訴訟法。著書に『絶望の裁判所』『リベラルアーツの学び方』『民事訴訟の本質と諸相』など多数。15年、著書『ニッポンの裁判』で第2回城山三郎賞を受賞。

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