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人はなぜやつ当たりをするのか?その心理学的分析

「攻撃の置き換え傾向尺度」で自らのやつ当たりのしやすさを測ってみては……

淡野将太 琉球大学教育学部准教授

Leremy/shutterstock.com

あまり知られていないやつ当たりの心理学的研究

 やつ当たり。ほとんどの人が経験しているだろう。それは、家庭内暴力、学校におけるいじめ、職場におけるハラスメント、自動車の危険運転(車間距離不保持など)といった行動を説明し得る概念でもある。

 やつ当たりの心理学的研究は2000年代に入り、アメリカを中心に海外でさかんになった。筆者は学部を卒業した2006年、広島大学大学院に進み、攻撃行動を専門とする研究室で研究を開始したが、博士論文の執筆を視野に入れた研究テーマとして、海外でさかんに研究されていたやつ当たりを選んだのが、この分野に足を踏み入れたきっかけだった。

 以来、日本と海外でやつ当たりに関する論文を執筆したり学会で発表したりしてきたが、筆者の体感では、残念ながら、日本ではその研究はまだ、ほとんど知られてはいない。ただ、先述したように、やつ当たりは最近、日本で問題化している事象を説明できるキーワードである。その実態を知ることは、攻撃行動の低減や良好な対人関係の構築に寄与するはずである。そんなわけで、本稿ではその心理学的研究を紹介する。

やつ当たりの定義は

 心理学において、やつ当たりをどう定義しているのか。
 挑発の源泉(怒りの原因など)ではない他の対象に危害を加えることを意図した行動――
である。

 やつ当たりは、「挑発の源泉」、「攻撃者」、「攻撃の対象」という三項関係において生起する。典型例は、会社で上司から叱責(しっせき)を受けた会社員が、帰宅後に家族に暴力を振るう、という行動である。この例における「挑発の源泉」は上司。「攻撃者」は会社員。「攻撃の対象」は家族である。

 ちなみに、一般的な攻撃行動(心理学では直接的攻撃と呼ぶ)は、「挑発の源泉」に対して攻撃を行うものである。つまり、「挑発の源泉」と攻撃の対象が同一である、二項関係において生起する。

 やつ当たりの場合、「挑発の源泉」は必ずしも人ではない。気温や騒音、臭いなども、不快と感じる水準に達すれば、「挑発の源泉」になりうる。例えば、暑さでイライラした大学生が友人に怒鳴る、といった行動である。この場合、「挑発の源泉」は暑さ、「攻撃者」は大学生、「攻撃の対象」は友人である。

 やつ当たりでは、「攻撃の対象」が人ではなく、モノのケースもある。例えば、親に叱られた児童が物を投げる、という行動である。「挑発の源泉」は親、「攻撃者」は児童、「攻撃の対象」はモノである。器物損壊の多くは、やつ当たりで説明できるのではないか。

心理学が説明する生起のメカニズム

BagirovVasif/shutterstock.com
 やつ当たりを説明する心理学的モデルは、やつ当たりの生起メカニズムを次のように説明する。

 人が挑発事象(苛立ちを感じる出来事など)を経験すると、攻撃に関連する感情、認知、覚醒が活性化する。その結果、物事を敵意的に解釈しやすくなる。それによって、攻撃行動が生起する可能性が高まる。

 やつ当たりは、「攻撃の対象」が攻撃行動を誘発する形で生起しやすい。上述の会社員の例で説明すると、会社で上司からを受けて苛立った状態にある会社員は、帰宅後の家族の言動を敵意的に解釈しやすくなり、家族の言動に誘発されるかたちで、やつ当たりをしやすくなる。穏やかな心理学的状態であれば許容できることも,苛立った状態では許容できず、攻撃的に振る舞いやすくなる。

 この点は、「攻撃の対象」がモノの場合も同じである。挑発事象によって攻撃に関連する感情,認知,覚醒が活性化し、物事を敵意的に解釈しやすくなっている人は、体に物が接触したり躓(つまず)いたりした時、そのモノにやつ当たりしやすくなる。

やつ当たりを生起させない「対比効果」

 興味深いのは、「攻撃の対象」の振る舞い次第で、「対比効果」によってやつ当たりが生起しない点である。

 「対比効果」とは、対比によって人やモノの差異が顕著になる効果を指す。やつ当たり研究における対比効果は、「挑発の源泉」と「攻撃の対象」とを比較した場合、「挑発の源泉」がより嫌な人(あるいは物事)や「攻撃の対象」となり得る人(物事)をより良い人(物事)と認知することによって、「攻撃の対象」となり得る人(物事)に対する好意的な評価が向上することを指す。

 上述の会社員の例で説明すると、会社で上司から叱責を受けて苛立った状態にある会社員は帰宅後、家族から仕事に対する労(ねぎら)いの言葉をかけられたり、優しくされたりすると、上司と家族の対比が顕著になり、上司をより嫌な人、家族をより良い人として認知しやすい。つまり、家族に対してやつ当たりを行うどころか、より良い人として評価されることになる。

「反すう」との関連性

 挑発事象とやつ当たりの間にある時間差は、怒りについて繰り返し考えることを指す「反すう」で説明される。「反すう」とは、挑発事象による攻撃に関する感情、認知、覚醒の活性化を維持する効果がある。

 上述の会社員の例で説明すると、会社員が会社で上司から叱責を受けた時点と、帰宅後にやつ当たりする時点の間には時間差が存在する。それは数十分ということもあれば、数時間ということもある。研究によると、会社員が「反すう」を行うと、挑発事象を経験してから8時間も経過した後でも、やつ当たりが生起することが示されている。

「キレる」行動の背景にも

Sangoiri/shutterstock.com
 以上を踏まえると、「やつ当たりの定義」の項で例示した行動(会社員の行動)以外にも、冒頭で触れたいじめ、ハラスメント、自動車の危険運転(車間距離不保持など)など、「キレる」行動もやつ当たりで説明し得ると分かるだろう。

 学校におけるいじめと職場におけるハラスメントは、怒りや苛立ちを学校や職場の対人関係における第三者に向けて表出しているのであれば、やつ当たりで説明できる。

 同様に、自動車の危険運転(車間距離不保持など)は、道路上における誘発に該当する出来事をきっかけとして、「あおり運転」と言われる運転をする、あるいは車から降りて暴力を振るうといった行動となる。

 「キレる」の定義は多義的で曖昧な部分はあるが、仮に文脈に相応わしくない形で突発的に表出される攻撃行動と定義すると、やつ当たりに該当すると言える。「攻撃の対象」からすれば、なんの前触れもなく突然怒り出したり、そんなことで怒らなくてもいいのにと思うことで怒り出したりした人を、「キレた」と認識する。「攻撃者」が事前に挑発事象を経験して苛立っている状態と分かれば、「キレた」と認識される行動もやつ当たりとして説明できる。

やつ当たりを低減する方法

「攻撃者」の観点

 では、やつ当たりを低減するにはどうすればいいのか。まずは、「攻撃者」の観点から考察してみよう。言い方を換えれば、やつ当たりしない方法は何か、である。

 第一に、挑発事象を経験した後に「反すう」しないことである。「反すう」は挑発事象による攻撃に関連する感情、認知、覚醒の活性化を維持する効果があり、「反すう」することでやつ当たりしやすくなる。

 研究によると、挑発事象を経験した後に、①別のことを考える気晴らし②楽しいことを考えるポジティヴ思考③挑発事象による苛(いら)立ちを省みる認知的再評価④リラックスするリラクセーション⑤価値判断を行わないマインドフルネス――を行うことで、やつ当たりしにくくなるとされている。挑発事象を経験した時には、思考を怒りから切り離したり、苛立ちを落ち着かせたりすることがポイントである。

 第二に、「アルコールを摂取しない」ことである。アルコールを摂取すると、やつ当たりしやすくなることが観察されているからだ。われわれはとかく、嫌なことがあったらお酒を飲んで憂さ晴らしをしがちだが、アルコールの影響でやつ当たりしやすくなることに加えて、飲みの席における会話が「反すう」として作用することによって、ますますやつ当たりしやすくなるので、注意が必要である。

 第三に、やつ当たりのしやすさを測定する「攻撃の置き換え傾向尺度」を用いて、自身のやつ当たりのしやすさを把握しておくことである。

 この尺度は、以下の表に挙げる各項目について、「まったく当てはまらない:1点」から「とてもよく当てはまる:7点」の7段階評定法で測定。合計点を項目数の31で除することで算出する。研究では、一般的な場合の得点は、2.23から4.19の範囲に入ることが示されている(M = 3.21、 SD = 0.98)。点数が高い人は、自身がやつ当たりしやすいことをきちんと認識し、日常生活で配慮するべきである。あなたは、どれぐらいやつ当たりをしやすいだろうか?(表参照)

◆表

「攻撃対象者」の観点

 次に、やつ当たりを低減する方法を「攻撃対象者」の観点からみてみよう。言い方を換えれば、やつ当たりされない、あるいはやつ当たりを誘発しない方法である。

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