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『さとうきび畑』~風の記憶をたどって~

この楽曲を作った寺島尚彦さんの次女が6月23日に思いを寄せる

寺島夕紗子 ソプラノ歌手

寺島さん1拡大米軍からの返還地に作られた読谷村にある『さとうきび畑』の歌碑広場=大塚勝久さん撮影、寺島夕紗子さん提供
 〈ざわわ ざわわ〉という風の音に乗せて沖縄戦の悲しみを歌う『さとうきび畑』。沖縄戦終結の日を迎える今日も、尽きぬ平和への思いを込めてどこかで歌われていることだろう。1967年に父・寺島尚彦が発表したこの歌は、すでに半世紀を超えて人々に歌い継がれている。

寺島尚彦(てらしま・なおひこ)
作曲家
1930年生まれ。「さとうきび畑」など作詩も多数。東京藝術大学在学中に毎日音楽コンクール3位入賞。卒業後、コンボバンド「寺島尚彦とリズムシャンソネット」を結成しピアニストとしても活躍。NHK「みんなのうた」や「全国学校音楽コンクール」の課題曲、全国の学校の校歌など作品を多数提供。「うたう足の歌」で日本レコード大賞童謡賞、「さとうきび畑」で日本レコード大賞金賞、及び遠藤実歌謡音楽大賞受賞。
寺島夕紗子(てらしま・ゆさこ)
ソプラノ歌手
雙葉高等学校卒業。東京藝術大学及び同大学院修了。文化庁在外研修員としてスペインで研鑽を積む。国内外での演奏活動のほか、NHKはじめ全国のテレビ、ラジオ番組にも多数出演。父・寺島尚彦作「さとうきび畑」「緑陰」等3枚のCDをリリース。また書籍、新聞、雑誌への執筆活動も展開。洗足学園音楽大学講師。

沖縄の運命的な出会い

寺島さん1拡大2003年7月、最後の沖縄訪問。辺戸岬で海を見つめる寺島尚彦=大塚勝久さん撮影、寺島夕紗子さん提供
 東京育ちの父は15歳で終戦を迎えた。軍需工場での勤労奉仕、度重なる爆撃や東京大空襲による祖父母、友人たちの死など、多感な思春期に経験した理不尽な怒りと悲しみは心の奥深くに刻まれることになった。やがて作曲の道を志し、多くの芸術仲間と一緒にさまざまな創作活動に打ち込み、戦後の新しい時代を切り開いていった。

 大学卒業後しばらくして、作家の由起しげ子さんの紹介で、当時フランスから帰国したばかりで伴奏者を探していたシャンソン歌手・石井好子さんと知り合った。好子さんに気に入られた父は、コンボバンド「寺島尚彦とリズムシャンソネット」を結成して日本全国を回る演奏旅行に明け暮れた。ひと月30回に及ぶこともあったコンサートをこなしながらも、父は作曲家として作品も次々に生み出し、それらはテレビやラジオで流れるようになっていた。

 厳しい音楽業界の中でキャリアを少しずつ、それでも確実に積みながら精力的に仕事をしていたそんな日々の先に、沖縄との運命的な出会いが待っていた。

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筆者

寺島夕紗子

寺島夕紗子(てらしまゆさこ) ソプラノ歌手

雙葉高等学校卒業。東京藝術大学及び同大学院修了。文化庁在外研修員としてスペインで研鑽を積む。国内外での演奏活動のほか、NHKはじめ全国のテレビ、ラジオ番組にも多数出演。父・寺島尚彦作「さとうきび畑」「緑陰」等3枚のCDをリリース。また書籍、新聞、雑誌への執筆活動も展開。洗足学園音楽大学講師。