無症状の甲状腺がんを掘り起こす「検査の害」
2019年06月29日
がんといえば検診による早期発見・早期治療こそが最善と考えてしまいがちだし、筆者も甲状腺検査問題を調べるまではそう思い込んでいた。
ところが、甲状腺がんのほとんどは進行が非常に遅く、症状がないうちに超音波で検査すると、発症が何十年も先になるかもしれないがんや生涯にわたって発症しないがんまで発見してしまう。発症しなかったはずのがんを見つけてしまうことを過剰診断と呼ぶ。これは偽陽性とは別の概念で、がんであることには間違いないが、死ぬまで悪さをしない。また、万が一症状が出る場合であっても、甲状腺がんは予後が極めてよいことが知られており、早期に発見するメリットはないと考えられる。
甲状腺がんの過剰診断が広く認識されるようになったのは2014年である。韓国で甲状腺検査を受けやすくした結果、甲状腺がんの発見が激増して手術も増えたにもかかわらず、甲状腺がんによる死亡数は変化しなかったという論文(注11、注12)が公表された。つまり、検査で新たに見つかった多数のがんは生死にかかわるものではなく、逆に生死にかかわる少数の甲状腺がんには検査が有効ではなかったわけである。このデータ自体は前年には日本にも伝わっており、インターネットではツイッターを中心に過剰診断の議論が行われていた。
同様のデータはそれ以前にアメリカでも得られていた。2011年に出版されたウェルチの『過剰診断』(奇しくも邦訳は2014年)でも甲状腺がんが取り上げられ、エコーによって甲状腺がんの発見数が増えたのに死亡数はまったく変わっていないというデータが示されている。ウェルチは甲状腺エコーについて、身もふたもなく「要するになんのメリットもないのだ」と結んでいる。甲状腺の専門家なら2011年の段階で過剰診断のリスクを知っていたはずなのである。
もちろん、これらは大人の事例ではある。アメリカ医学会は最近、甲状腺検査のガイドライン(注13)を改訂し、そこでも無症状の「大人」への甲状腺スクリーニングを非推奨とした。しかし、それは子どもへのスクリーニングを認めるという意味ではなく、そもそも子どもへの甲状腺スクリーニング自体が想定されていないだけである。
IARC(国際がん研究機関。WHOの外部組織)は昨年、原発事故後の甲状腺検査について提言(注14)をまとめた。現在進行中の甲状腺検査に対する提言ではないと慎重に述べてはいるものの、その中では、甲状腺被曝量の多い子どもを例外として、全年齢に対して甲状腺集団スクリーニングの実施は推奨しないとされている。福島の子どもたちはここで言われる甲状腺被曝量の多い子ども(「胎児期または小児期または思春期の被ばく時に受けた100~500mGyという甲状腺線量」)に該当しないことに注意しよう。
福島で発見された甲状腺がんは将来症状を現すはずのがんを前倒しで発見していると考えるだけではとても説明がつかない数だと言われる。相当数の過剰診断が発生していることはもはや明らかである。
しかし、過剰診断でないとしても、進行の遅いがんを発見してしまうこと自体に害がある。たとえば30年後に発症するがんを今発見されてしまったらどうだろう。経過観察で30年間不安を抱え続けさせるのはいいことだろうか。発症してから治療するのでも充分に間に合う進行の遅いがんを早期に発見しても
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