記者たちがやむにやまれず企画した「PTAフォーラム」から聞こえてきたもの……
2019年06月30日
「PTA問題」について取材を続け、5年ほどになる。その間も、強制加入や役員の押しつけ合い、非会員の子どもへの差別など、PTAをめぐる様々な問題が多くのメディアで指摘されてきた。だが、記事がどれだけ世にあふれ出ても、問題は解決されず、苦しむ人は後を絶たない。
「書くだけでは、変わらないのではないか」という無力感にさいなまれつつ、ここで立ち止まってはいけない、新たな取り組みに踏み出さなければという、やむにやまれぬ問題意識でつながった複数の新聞社の記者らが、社の枠を超えて協力しあい5月中旬、都内で「PTAフォーラム~取り戻そう、自分たちの手に」を開いた。
フォーラムの第一部は3人のパネリストを招いてのパネルディスカッション、第二部は小グループに分かれてのワークショップと首都大学東京の木村草太教授との質疑応答。まさしく前例のない取り組みで、企画した私たち自身、驚きの連続だった。当日の様子を報告したい。
5月18日午後、会場の朝日新聞東京本社・読者ホールに参加者が集まってきた。参加費は2千円。「そんなに高くて、人が来てくれるのだろうか」という不安があったが、必要経費を考えるとそれぐらいにはなる。PTA問題をより広く考えるため、全国紙や地方紙の記者有志らによる手作り企画のため、会社からはお金が出ないからだ。
正直言えば、募集を始めてしばらくは不安が絶えなかった。大型連休中は、申し込みがずっと一ケタ台。「開催できるのだろうか……」と弱気にもなったが、開催日が近付いてきた5月の中旬からはうなぎ登りに申込者が増えた。当日に飛び入り参加してくれた人もいて、最終的に約90人が参加。PTA問題に関心を持つ人の多さをあらためて感じた。
開会のあいさつをしたのは、企画の発案者である朝日新聞記者の堀内京子さん。
「『入退会自由』という武器を手に入れても、それだけではPTAは変わらなかった。一人ひとりの経験や思いを可視化することが大切です」と訴えた。
PTAが入退会自由であることは、かなり多くの人が知っている。でも、実際には、「入会は任意ですが、全員にご協力をお願いしています」などの言葉で強制されたり、退会すれば子どもが差別されたり、本当の意味で「入退会自由」にはほど遠い。PTAをめぐる問題は、さまざまな形で今も各地ではびこっているのだ。
最初にマイクを持った石原さんは、「中から変えようとしてうまくいかず、対外的な活動や情報発信をしています」と静かに語り始めた。本部役員も務めたが、PTAを変えるのは難しかったこと。署名活動やツイッター、ブログでの情報発信といった外からの改革にも取り組んできたこと。昨夏、がんの「ステージ4」と診断され、今年2月にPTAを退会したことも明らかにした。
退会の経緯について、私は以前に聞いたことがあった。治療などの影響で本部役員として改革を進めることが困難になり、ならばPTAの会員であり続けることで組織に「加担」したくないと、退会を決断したという。石原さんはそのとき、「『社会をよりよいものにするにはどうしたらいいのか』を自分たちの頭で考える『民主主義の訓練の場』にPTAはなれるはずです」とも話していた。石原さんにとって、壇上で参加者に語りかけている瞬間も、「民主主義の訓練の場」に違いなかった。
PTA界隈で「改革派校長」として知られる福本さんの話は明快だった。主張はただ一つ。保護者は学校運営に欠かせない、ということ。福本さんのいう「学校運営」とは、たとえば運動会の来賓へのお茶出しや自治会とのお付き合いの飲み会、なんかを意味していない。それはズバリ、保護者と校長らとの意見交換だ。
「別にPTA改革を一生懸命やったわけではないんです」と言って福本さんが紹介したのは、PTA役員50~60人が校長と教頭に何を言ってもいい会である「運営委員会」。多くの親にとって、来賓へのお茶出しには「やらされてる感」しかない。でも、自分の子どもの教育環境への関心は大きい。少しでも学校に意見すれば「モンスターペアレント」扱いされかねない風潮のなか、校長や教頭に直接意見できる場を有意義と感じる人は少なくないだろう。
「PTAのあり方を変えるのではなく、学校のあり方を変えることが、PTA改革の入り口。PTAという名前でなくても、保護者のみなさんが学校運営に参加するという観点からPTAを変えてほしい」。そう訴えて締めくくった。
今回のフォーラムでは、偶然にもパネリスト3人のうち2人が兵庫県からの参加となった。遠方からパネリストを呼べば、足代もかさみ、フォーラムが赤字になるリスクが高まる。でも、校長という立場でPTAについて話しができる福本さんと、PTAを「政治マター」に押し上げた越田さんにはどうしても話をしてほしかった。
越田さんには2014年に取材したことがあった。当時、越田さんがいた兵庫県議会が政務活動費を不正に使った「号泣県議」で注目を集めたため、政務活動費の話を聞きに行ったのだが、「市議時代は、もっと住民との距離が近かったのに」と嘆いていたのを覚えている。その越田さんが県議を辞め、地元の市を再び活動の場に選んだ時、市民からの訴えでPTA問題をマニフェストに盛り込んだという流れは、自然なことに感じられた。
越田さんは講演で、川西市のPTAの動きが報じられると「担当課の電話が鳴りやまなかった」というエピソードを紹介した。PTA改革は変わってほしいと願う人には歓迎されるが、組織や活動を続けることにやりがいを見いだしている人には嫌われがちだ。時間や身を削り、一生懸命やっている「いいこと」が否定されたように感じるのだろう。その気持ちは、理解できないこともない。なので、電話を受けた担当課の職員は大変だっただろうと講演を聞きながら思っていると、川西市の「鳴りやまない電話」は、そのほとんどが好意的な意見だったという。
「そんなにもみんなが『変わってほしい』と思っているのに、なぜ変われないのか」と越田さんは会場に問いかけ、すぐに「PTA改革の相手が空気みたいな存在だからだ」と答えた。PTAに存在するのは明確な悪意ではなく、「空気」のようなものだと言い、次のような例を話した。
PTA役員を決めるくじ引きで「当たらなくてよかった」と思っていた人が、翌年度にくじで当たって役員になり、「こんなひどい制度はない」と怒る。1年間我慢して役員を終えると、今度は「私もやったんだから、やらないなんてずるい」と感じるようになる。1人の人間が無意識のうちに、傍観者になり、加害者になり、被害者にもなっている。無意識だからこそ、変えることが難しい――。
だけど、越田さんは「こういう空気そのものを変えたい」と言う。
「保護者」「学校」「政治家」と異なる立場のパネリストがそろったので、パネリスト同士でも質問し合ってもらった。
石原さんが越田さんに問うたのは「動員」の問題。役所がからむ研修会や講演会へのPTAの「動員」は、長年現場の重荷となってきた。同輩記者のPTAでは、動員をかけられた講演会に出席するためだけの「動員要員」の係もあるという。こんな係ができるほど、動員される負担感は大きいのだ。
「動員する側」に立つ越田さんが、「そもそも『動員をしなければいけないイベント』が間違ってます」と指摘すると、会場が沸いた。多くの人が「参加したい」と思うイベントであれば、動員なんて必要ない。動員が必要なイベントは、中身に問題があるという意味だろう。さらに「(PTAに)拒否権があることも徹底したい」と語った。
ポイント制を廃止した現役会長の女性は、ボランティアはたくさん集まるが、本部役員など「学校と同じ立場でアソシエートするメンバー」が今後も集まるのかという不安を吐露した。改革を成し遂げて終わりではなく、「改革後」にも課題は続くことを教えられた。
「自称、PTA負け組」と自己紹介して質問したのは、「入退会自由」を世に広めるきっかけとなった『PTA再活用論』の著者・川端裕人さん。川端さんは「長年にわたって抱き続けてきた疎外感について質問したい」と前置きし、「やっぱり、お母さんなんですか?」と問うた。パネリストの講演で、「お母さんたち」など女性の活動が前提となっているような表現がしばしばあったからだろう。川端さんの指摘に「ジェンダーの問題ね」というつぶやきが聞こえてきた。「男性の疎外感」と同時に、「なぜ母親ばかりが逃げられないのか」という問題も投げかけてくれた。
私は「PTAと地域」のグループに参加した。参加者たちの緊張をほぐすため、自己紹介をかねて、それぞれのPTA体験を話してもらった。ひとり3分ぐらいと思っていたが、全員がそれでは終わらなかった。「学校史上初の非会員になりました」「夫が入院しても、子ども会の役員をやめさせてもらえなかったんです」「なぜ同じ公立校なのに、隣の学校とこんなにもPTAの状況が違うの?」。長年抱えてきたであろう疑問や怒りが、それぞれの話の熱量を増大させ、遮ることができなかった。
熱く話す人とそれを真剣に聞く人、笑いあう人……。会場を見渡すと、どのグループもみな「自分ごと」としてPTAを考え、議論しているように見えた。時間はあっという間に過ぎた。フォーラムが成功だったのだとしたら、成功させたのは間違いなく参加者一人ひとりの熱意だと確信している。
他のグループでは、どんな話が出たか。ファシリテーター同士で共有したので幾つかを紹介する。
越田さんや現役地方議員も参加した「PTAと政治」のグループでは、「地域の中で声が高まれば、議会にこの問題を出して行くことができる」「PTA問題に関心を持つ議員を増やしていくことが大事」「もしかして自分が政治家になれば変えられるかもしれないと思った」などの意見が出た。
今年度から入退会自由を打ち出した本部役員。行事の簡略化を提案したところ、他の役員から反対された人。ある男性は、PTA役員を務める妻の様子を見て「どこまでやらなければいけないのか分からない」と不安を打ち明けた。非会員のため「子どもが登校班に入れてもらえない」と訴えた人は、「声を上げたいのに仲間がいない」と孤独感を訴えた。
PTAの存在を肯定的にとらえる意見もあった。「間違いなく必要な組織」としたうえで、「システムは考える必要がある」という意見。「先生たちと話し合える場があれば、参加したがる人も増えるのではないか」と考える人もいた。
最後に、印象に残った一人の女性のことを書いておきたい。
当日、フォーラム会場には取材が入っていたため、顔が写っては困る人には、受付で首からさげるピンクのリボンを用意していた。「PTA問題を考える」という行動だけで、学校でいやな顔をされたり孤立したりする恐れがあるからだ。あるリボンの女性が、「PTAの改善を提案したものの、孤立している」と話した。記者が「なぜそんなにがんばれるのか」と尋ねると、「後の人にこのまま残したくないからですかねぇ」と答えた。
グループごとの発表で、そのリボンの女性にマイクが渡った。取材のカメラが近づいたので、記者があわてて「彼女は撮影NGなので」と制止しようとすると、女性は一瞬ためらい、首からリボンを外した。「人が歩き出す瞬間を見た気がした」と、記者は振り返る。
フォーラムから1カ月半が過ぎた。いまもツイッターを開けば、PTAで苦しむ人たちの悲鳴のような投稿があふれている。フォーラムを一回開いたくらいで、状況が変わるほど甘くはない。でも、こうも思いたい。会場にいた人たちが、自分たちのPTAに戻ったとき、「おかしい」と気づき、声をあげたり、変えようとしたりするかもしれないと。
あのリボンの女性のように小さな一歩を踏み出す。そうした「民主主義の担い手」が増えることが、PTAにとどまらず、社会のさまざまな問題を改善する唯一の道なのではないか。私は今、心からそう感じている。
次回の「PTAフォーラム」は、8月24日(午後1時~)に神戸市でを開催する予定です。会場は「こうべ市民福祉交流センター」。参加費2000円。終了後に懇親会(会費制)も予定しています。
※今回の「PTAフォーラム」第二部で行われた木村草太・首都大学東京教授との質疑応答は7月6日に公開予定です。
「PTAフォーラム]はPTA問題を取材している朝日、東京、中日、北海道、熊本日日の各新聞社の記者らが社の垣根を越えてつながり、保護者も加わった実行委員会が主催。朝日新聞の言論サイト「論座」と「#ニュース4U」、東京新聞の子育てサイト「東京すくすく」が後援しました。
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