官邸の執拗な質問妨害に、新聞社や官邸記者たちはどう対応しているのか
2019年06月28日
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菅義偉官房長官の記者会見で、望月衣塑子・東京新聞記者に対する質問妨害が5月下旬に再び起きた。
2018年秋から始まっていた質問途中に司会の官邸職員が質問を遮る行為は、今年3月中旬、いったんはやんだかに見えたが、2カ月余ぶりの復活だった。東京新聞が官邸に改善を求める申し入れを行った後の6月に入り、妨害は再びなくなった。
いったい、何が起きたのだろうか。
5月21日午前の記者会見。望月記者は、朝日新聞、テレビ朝日の各記者に続く最後となる3人目の質問者だった。
「東京、望月です。拉致問題についてお聞きします。2002年の小泉訪朝時は直前まで完全秘匿して水面下での交渉をしたうえで、電撃訪朝での首脳会談をし……」
質問の前提となる事実関係を共有するための説明を始めてから25秒ほど経過したときだった。司会進行役の上村秀紀・官邸報道室長が突然、「質問に移って下さい」と遮るように声を上げた。
上村室長は、2018年12月28日に記者会見を主催する内閣記者会に対して、望月記者が事実誤認の質問をしているとして「問題意識の共有」を求める文書を出した人物だ。
望月記者が直後に口にした質問は、上村室長の妨害に押されて質問に切り替えたかのような形になった。
「なぜ、水面下交渉という手段を今回は取らないのかお聞かせ下さい」
それから3日後の5月24日午後、28日午前の質問でもそれぞれ29秒、28秒がたつと上村室長は「質問に移って下さい」と遮ったのだった。
そして、5月28日午後の記者会見。望月記者は前週から続く質問妨害について菅長官にぶつけた。「菅長官が『世の中の人もそろそろ質問妨害していたことを忘れているだろうからやってみろ』と上村室長に言ったかどうかはわかりません。しかし、3回も続いたのでこれは許せないと思った」と明かしたのだ。
望月衣塑子記者 東京、望月です。会見での上村室長による質問妨害についてお聞きします。先週からですね、上村室長による質問妨害が再び、再開(ママ)されました。先週と今日の午前で調べますと、25秒から30秒ほどの間に「質問に移って下さい」が3回ありました。あの30秒を越えている長い質問はほかの記者にもあるんですが、そちらには妨害はありません。これ、狙い撃ちのようにも見えるんですが、見解をお聞かせ下さい。
菅義偉官房長官 全くそんなことありません。
(上村秀紀・官邸報道室長「このあと日程ありますので次最後でお願いします」)
望月記者 はい。(私の)受け止めとしては妨害に思えます。この妨害行為についてはですね、新聞労連やMIC、知識者や弁護士団体などもこれまで抗議の意を示しまして、官邸前のデモでは現役の記者から面前DVだとの批判も出ておりました。室長の上司は菅長官ですけれども質問者の精神的圧力になるようなこの行為を再開された理由というのは何なんでしょうか。
菅長官 あのー、この会見は記者会との間で行われておりますから、記者会との間でしっかり対応してますし、そういうことはありえません。
この日(5月28日)、望月記者は自分の短文投稿サイト・ツイッターに「『そんなことはありません』と、まさかのクラブ(内閣記者会・筆者注)への責任転嫁。記者会が妨害再開を容認するわけもなし。不当な妨害はやめるべきだ」と投稿。関連した投稿は4件に上った。
怒りの大きさが分かる。
望月記者が質問の中で触れた「面前DVだ」と官邸前デモ(2019年3月14日)で指摘したのは、同じ東京新聞社会部の同僚である柏崎智子記者だ。
「今回の官邸のやり方を見ていて直感的に感じるのは、面前DV。望月さんのことをいじめているようであって実はその場に居合わせた多くの記者に同じようなトラウマを抱えさせること。本質は支配だと思うんです。その場の記者を支配する。支配されているのかどうかは、その場ではなかなか感じにくく、『なんとなく空気が重いなー』みたいな感じになっていってだんだんと自由が奪われていくところがあり、面前DVみたいなやり方は、認めてはいけないと思ってます」
菅長官は5月28日午後の記者会見で「そういうことはありえません」と述べている。
「そう」とは、上村室長による望月記者を狙い撃ちにした妨害行為を指すと思われるが、直前に「記者会との間でしっかり対応」という言葉を重ねると、上村室長による妨害行為は、内閣記者会との間で了解済みで行われた可能性があると受け止めるのは自然だ。
面前DVというのであれば、その場に居合わせた他の記者たちは望月記者と同様に官邸の被害者という立ち場になるが、もし予め了解していたとなれば、これは被害者どころか共犯者ということになる。
望月記者は、翌5月29日午後の会見で再び、質問妨害問題についての見解をただそうとした。ところが、菅長官は質問途中で割り込み、「大変申し訳ないけども、ここはそうしたことを質問するとこじゃなくて、記者会主催でもありますから記者会に申し入れて下さい」とはねつけた。
望月記者は「確認したいんですが、特定の記者の質問を25秒以上たったら遮るということを記者会が容認したということを言いたいんですか」と続けようとすると、菅長官は「いや、記者会で問題点があったら記者会の方に問題点を指摘下さい。ここは大事な記者会見の場でありますので」。全くかみ合わない質疑に、重ねて質問しようと手を上げる望月記者に、ついには「その発言だったら指しません」と拒絶したのだった。
この時点では望月記者は「日朝首脳会談についてお伺い致しますね」といったんは引き下がったのであった。
実は、望月記者は質問するにあたって予め内閣記者会側にも聞いていた。「望月記者への質問妨害を再び始める」という打診が官邸から内閣記者会にあったのか――。これに対しては明確に否定していたという。
<さすがにそれはありません。望月さんにだけ妨害するという要望が官邸から来ても記者会としては容認できません。絶対認められませんから>
問題があるのは、官邸職員の上村室長の行為であるのは明らかだと思うのだが、どういうわけか菅長官には通用しないのである。
ところで、菅長官が述べたように官房長官の記者会見は、報道各社の政治部記者で主につくる内閣記者会が主催し、記者から手が上がっている間、官房長官は指名し続けるという慣行で運営されてきた。終了時に幹事社の記者が、他に質問がないかを会見場全体を見回し、各社に確認するという手続きをへたうえで、終えることになっている。
これは、他の省庁や知事の記者会見と異なり、会見者が気に入らない記者の質問を受け付けないという事態にならないことが大きな特徴だった。
少し話はずれるが、会見者が質問する記者を指名する方法が、いかに会見者にメリットがあるのかを会見者側の失敗例から考えてみたいと思う。
それは、いまから2年以上ほど前に遡る。2017年10月の衆院選(10日公示・22投開票)を控え、自民党を大きく揺さぶった、小池百合子東京都知事がこの年の9月、代表に就任した「希望の党」に絡む質問だった。
2016年7月に自民党を飛び出して都知事選に立候補して当選。都知事に就任して以降、小池知事は、17年2月の千代田区長選、同7月の都議選と連戦連勝の破竹の勢いだった。テレビではワイドショーまで取り上げるほど、希望の党は安倍一強政治に楔を打つ野党として支持を広げていた。
ところが、この勢いが急速に失速するきっかけとなったのが9月29日の記者会見で口にしてしまったいわゆる「排除発言」だったのは記憶に新しい。
前原誠司・民進党代表は「希望の党に公認申請すれば排除されない」と所属議員に説明し、同党は希望の党への合流を決めたが、その一方で小池知事は「安保、改憲を考慮して一致しない人は公認しない」などと述べていて、小池知事の真意について注目が集まっていた。
この点についての見解をただしたのが、フリーランスのジャーナリスト、横田一氏だった。
都知事の定例記者会見は、週1回金曜日に開かれるが、小池知事は横田氏の質問内容が気に入らなかったらしく、挙手しても指名されることはあまりなかったことを、横田氏は著書「検証・小池都政」(緑風出版、2017年7月)の中で明かしている。同書の面白さは、小池知事の会見で質問の指名を受け続ける「”好意的記者”ランキング」(16年8月~17年2月24日)の一覧表を実名で掲載していることだ。
「批判的な記者の質問を受け付けない一方、友好的なメディアを優遇するトランプ大統領と瓜二つなのが、総理大臣待望論が出始めた人気抜群の小池百合子・東京都知事だ」
こう書き出す記事に添えた一覧のトップに掲げられたのは『日本テレビ』の久野村記者で14回。次いで『THE PAGE』の具志堅記者の12回。そして、『ニコニコ動画』の七尾記者が10回と上位10人の実名と回数を記した。一方、横田氏がこのランキングの期間に質問されたのは2回だった。
小池知事が同書の記述を意識していたかどうかはわからないが、横田氏は2017年9月29日に実に半年ぶりに指名されたのだった。
「前原代表が昨日ですね、所属議員向けに、希望の党に公認申請をすれば排除されないという説明をしたんですが、一方で、知事、代表は、安保、改憲を考慮して、一致しない人は公認しないと。言ってることが違うと思うんですが、前原代表を騙したんでしょうか。それとも共謀して、そういうことを言ったんでしょうか。お二人の言ってることが違うんですが」
小池知事は2017年9月25日に希望の党の代表に就任していた。このため、小池氏の会見は、知事としての会見と、党代表としての会見を分けた2部制になっていて、横田氏の知事会見での質問に対して、党代表会見で答えたのが、次の内容だった。
「前原代表がどういう発言をしたのか、承知をいたしていませんが、『排除されない』ということはございませんで、排除いたします。取捨(選択)というか、絞らせていただきます。それは、安全保障、そして憲法観といった根幹の部分で一致していることが政党としての、政党を構成する構成員としての必要最低限のことではないかと思っておりますので、それまでの考えであったり、そういったことも踏まえながら判断をしたいと思います」
この排除発言の反響は凄まじく大きく、発足したばかりの小池新党にとっていわば命取りとなった。東京新聞が衆院選を検証した記事にその後のエピソードを掲載している。
2017年10月25日朝刊一面に掲載された連載「誤算の行方・上」は、小池知事の「排除発言」があった翌9月30日に大阪市で開かれた記者会見で、小池知事が司会者に「あてないで」と差し出したメモには横田氏の名前があったという。小池氏は食事がのどを通らないほど悔やんだらしい。この記事では「フリー記者」と匿名だったが、明らかに横田一氏のことだ。
この例を見れば、会見者が自分の都合で質問者を指名したいと考えるのは当然だろう。本来は、それだけで情報操作でもあるのだ。
話を菅長官の記者会見に戻す。
「その発言だったら指しません」――。
これは予想外の言葉だったのかもしれない。望月記者は苦笑すると、「いいですよ。はい」と受け入れた上で、「じゃ、ほかのことを聞きます。日朝首脳会談についてお聞きしますね。えーと……」と二問目の質問に移ったのだった。
菅長官は2月26日の記者会見では望月記者を指名し、「この会見は一体何のための場だと思っているのか」と問われたのに対して「あなたに答える必要はない」と述べていたが、今回はそもそも質問する機会を与えないという信じがたい態度を示したのである。
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