2019年06月30日
きっと安倍晋三首相には、沖縄の怒りの意味が理解できなかったのだと思う。
6月23日、沖縄戦で亡くなった20万人を超える住民・軍人らの霊を慰め、世界平和を願う沖縄全戦没者追悼式に、例年通り安倍首相が出席した。
出席者の献花で厳かな空気が流れるなか、平和宣言を読み上げた玉城デニー県知事は、戦没者への慰霊の言葉とともに、安倍政権の沖縄政策に正面から切り込んだ。
2月に実施された県民投票で投票者の7割以上が辺野古基地建設に「反対」の意思を示したことについて、「県民投票の結果を無視して工事を強行する政府の対応は、民意を尊重せず、なおかつ地方自治をもないがしろにするもの」と苦言を呈した。同時にウチナーグチ(沖縄方言)と英語で世界に向けて沖縄の肝心(ちむぐぐる=相手を思いやる心の奥底の感情)の尊さを説いた。
続いて小学6年生の女児がつづった「平和の詩」を女児本人が朗読した。
「『命どぅ宝』/生きているから笑い合える/生きているから未来がある」
平和の大切さを読み上げる女児の幼い声に、会場ではハンカチで涙を拭う女性の姿も。そして司会者が告げる。
「来賓挨拶、内閣総理大臣、安倍晋三殿」
和らいだ雰囲気が一変して、緊張が走る。出席者の多くが身を乗り出し、視線は安倍首相の立った会場右前方に集中する。突然、「帰れ!」「恥を知れ!」。怒号が飛んだ。まだ3人ほどに留まっている。
安倍首相は、いつもの早口であいさつ文を読み始める。「沖縄が負った癒えることのない深い傷を思うとき、胸ふさがる気持ちを禁じ得ません」。昨年とほぼ同じ追悼の辞だが、「この地の誇る豊かな海と緑」という部分が「この地の誇る美しい自然」に差し替えられているのは、辺野古の海の埋め立てを強行していることを意識したためか。それでも会場は、まだ静けさを保っていたが、基地問題に触れるとざわつき始める。
「沖縄の方々には、永きにわたり、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいております。この現状は、何としても変えていかなければなりません」
すかさず、「嘘つき!」と男性の激しい声が響いた。続いて女性の声も。さらに県民の琴線に触れるスピーチが続く。
「出生率は日本一、沖縄に魅せられて訪れた観光客は昨年度約1千万人と、6年連続で過去最高を更新しました。沖縄が日本をけん引し、21世紀の万国津梁(ばんこくしんりょう)として世界の懸け橋となる。今、それが現実のものとなりつつあります」
記者席の近くに立って聞いていた男性から「あんたがやったわけじゃないだろう」と、ボヤキともつかぬ声が飛ぶ。会場からは失笑が漏れる。
「この流れをさらに加速させるため、私が先頭に立って、沖縄の振興をしっかりと前に進めてまいります」
「私が先頭に立って」というフレーズに、「止めてくれ!」という男性の怒鳴り声と、「言葉はいらない!」という女性の声が混じる。「安倍はやめろ!」も聞こえる。
挨拶を終えたが拍手はまばらだ。見渡すと、それでも3割ほどの参列者が拍手を送っている。自席に戻る安倍首相に向かって「帰れ!」「嘘つき!」など険悪な空気が続く。先ほど「あんたがやったわけじゃないだろう」とぼやいた男性が、またポツリと独りごとのようにつぶやく。
「あんたの発言には心がないよ」
追悼式の厳粛な雰囲気を壊すという意味では、大きな声でのヤジは褒められたものではない。だが、昨年よりも、一昨年の追悼式よりも、怒りの声を上げた人は圧倒的に多い。2月に行われた県民投票で辺野古基地建設に明確に反対の意思を示したにもかかわらず、一顧だにせず埋め立てを強行する安倍政権への不信感が渦巻いているのだろうか。
沖縄に滞在していて安倍政権に対する敵愾心は、日々高まっていることを感じる。この追悼式が行われる約1カ月前、安倍首相が来日した米国のドナルド・トランプ大統領をゴルフや居酒屋で過剰とも批判される接待で「友人」を演出したが、トランプ氏に「友人」と呼ばれ仲睦まじく満面の笑みをたたえることが、沖縄の尊厳をどれほど傷つけているかを安倍首相はわかっていない。
ドランプ氏が来日したのは5月25~28日だ。その1カ月半ほど前の4月中旬、北谷町に住む女性が、海兵隊の兵曹に殺害されて、兵曹本人も自殺した事件があった。この兵曹には被害者に対する暴力などで米軍から接見禁止命令が出されていて、事態を米軍も把握しているなかで起きた犯罪だった。3年前の4月には、うるま市でウォーキング中の20歳の女性が海兵隊に所属していたこともある元軍属に殺害され、米軍基地脇の空き地に遺棄された事件が起きている。
こういった事件が頻発すれば、綱紀粛正が徹底して然るべきだが、今年4月から2カ月間で米軍関係者が飲酒運転などの道交法違反などで10人が逮捕される異常な事態も明らかになった。関係自治体が米軍に対して綱紀粛正を求めていても、こういった事件は後を絶たない。6月には酒に酔って器物損壊で逮捕された海兵隊が、取り調べ中の警察官に殴り掛かるなどの事件もあった。
問題になっているのは刑法犯や道交法だけではない。1年半前の17年12月、普天間基地に隣接する宜野湾市立普天間第二小学校の校庭に、重さ約7.7キログラムの米軍ヘリコプターの窓枠が落下した。児童に当たっていれば大惨事につながっていたはずだ。その6日前には、同小学校から約1キロ離れた緑ヶ丘保育園に米軍ヘリのものとみられる部品が落下しているのが見つかったばかりだ。窓枠が落下した小学校には、その後、防衛局から監視要員が派遣され、その監視員の指示で校庭から避難したのは、事故後、678回にのぼっているという。
そして6月4日には、浦添市の中学校に、ヘリの翼を防護するゴム製のテープが落下しているのが見つかった。地元紙である琉球新報の6月6日付のWeb Newsによると、
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