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1964年五輪と東海道新幹線、リニアへの前史

武田徹 評論家

 茅ヶ崎にある開高健記念館を訪ねた後、少しだけ足を伸ばしてみた。

 JR茅ヶ崎駅から東海道線(新幹線ではない在来線の方)に乗れば約30分で鴨宮駅に着く。

鴨宮の新幹線記念碑拡大鴨宮の新幹線記念碑=撮影・筆者
 駅前には今の新幹線車両のように鼻先がやたら長くなる前の、アンパンマンにどこか似ている愛らしい新幹線0系車両をさらに丸っこくデフォルメしたオブジェをあしらった記念碑が置かれている。

 それは、そこが日本で最初に新幹線が走った場所であることを示している。

 鴨宮駅からさらに東海道線で小田原方面に向かうと、山の方から新幹線が接近してきて酒匂(さかわ)橋で平行に並ぶが、橋を渡る手前の細長い三角地帯の場所には、かつて新幹線の開業に向けて各種の実験をしていた車両の基地が造られていたのだ。

 そこから東側に伸びる約10kmの実験線――鴨宮モデル線区と呼ばれていた――で62年から走行実験が開始される。最終的に実験線は神奈川県綾瀬市まで総延長32kmに達した。

 2020年の東京五輪までカウントダウンが始まっている今も、山梨の実験線ではリニア新幹線が走っている。五輪と新幹線のペアがふたつ、半世紀余の時間を跨(また)いで成立している。そこで温故知新の思いから、かつての新幹線の実験線があった場所を訪ねてみた。

 この鴨宮モデル線区に営業運転に先行した試験車両が走っていた時期は、64年五輪に向けて日本全国が期待を膨らませていた時期と重なる。東海道新幹線を東京オリンピックに間に合わせるように完成させなければならない、多くの人がそう考えていたはずだ。

 しかし、この実験線に至るまでの前史が、実は新幹線にはある。

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筆者

武田徹

武田徹(たけだ・とおる) 評論家

評論家。1958年生まれ。国際基督教大大学院比較文化専攻博士課程修了。ジャーナリストとして活動し、東大先端科学技術研究センター特任教授、恵泉女学園大人文学部教授を経て、17年4月から専修大文学部ジャーナリズム学科教授。専門はメディア社会論、共同体論、産業社会論。著書に『偽満州国論』、『流行人類学クロニクル』(サントリー学芸賞)、『「核」論――鉄腕アトムと原発事故のあいだ』『戦争報道』、『NHK問題』など。

 

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