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田舎暮らしに踏み切った天草移住の先達たち

大矢雅弘 朝日新聞天草支局長

拡大移住・定住者意見交換会で、情報交換や 近況などを語り合う参加者たち=6月22日、熊本県天草市

 住み慣れた土地を離れ、熊本県天草市に移り住む人たちが増えている。同県内では天草市がとりわけ移住の受け入れに熱心で、2008年から移住・定住促進策を本格化させ、昨年度までの11年間で291世帯、569人が移住。17年度の移住者数は106人、18年度が100人と2年連続で100人を達成し、ますます勢いづいている。

 6月22日、同市への移住者でつくる天草市セカンドライフネットワークによる移住・定住者意見交換会が同市新和町の新和ひだまり館で開かれた。移住・定住者の交流の場として年2回ほど開かれており、この日が17回目。全国各地からIターンやUターンしたカップルなど約40人に加え、市職員も数人が参加した。自衛隊を退官後、天草にUターンした出永美喜男さん(64)が「天草の歴史ちょっとだけ」と題して講話をした後、参加者たちは昼食をはさんで、近況や情報交換、田舎暮らしの良さなどを語り合った。

子どもたちに「実家」と呼べる場所を、と天草へ

 この集いで司会役を務めたのが同市地域政策課で「移住・定住コーディネーター」を務める荒毛俊哉さん(64)。移住希望者からの相談などに対し、空き家の現地案内をするなど、きめ細かに対応している。荒毛さん自身も妻の君代さん(65)と千葉県船橋市から移り住んだ移住組だ。海に面した集落の一角に建てたログハウスで義母と次女の4人で暮らす。

 荒毛さんは会社員時代、転勤に次ぐ転勤で九州各地を転々としていた。次女の大学進学を機に、「親元を離れた子どもたちに『実家』と呼べる場所を作ってやりたい」と考えるようになった。

 九州でさまざまな土地を見て回ったが、「目の前は海、後ろは山。思い描いていた理想に一番近い」とひと目見て気に入り、天草市有明町須子に土地を購入。しばらくは別荘として利用するつもりで新築したログハウスが06年3月に完成したが、その直後に東京勤務に。荒毛さんは君代さんとともに千葉県に引っ越すが、2年足らずで激務と都会生活に疲れて早期退職を決意。53歳で早期退職し、08年4月に夫婦で天草市の家に帰ってきた。

 移住後、土いじりが好きな2人は耕作放棄地となっていた土地を借りた。10年以上も放置された荒れ地で、夫婦2人で木の伐採や除草を始め、畑として使えるまでに半年近くもかかった。それでも2人が頑張っている姿を地元の人たちが認めてくれて、機械の貸し出しやお手伝い、さらには新たな畑の提供など地元の人たちからさまざまな支援を受けた。2人の姿を見た周りの人々が、ほかの休耕地の整備を始めるという、うれしい出来事もあった。2人はこの土地にまずブルーベリーの苗木を植え、米、麦、シイタケ、タマネギ……と季節に応じた野菜の栽培に手を広げ、収穫したものは直売所で販売するまでになった。

 地域では、冠婚葬祭に限らず、さまざまな行事にも積極的に参加して、地元の住民らと早い段階で親しい関係ができた。「自分が暮らしている集落に何か残していけるように、地元に貢献できるような活動をしていきたい」と荒毛さん。

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筆者

大矢雅弘

大矢雅弘(おおや・まさひろ) 朝日新聞天草支局長

1953年生まれ。長崎、那覇両支局、社会部員、那覇支局長、編集委員。その後、論説委員として沖縄問題や水俣病問題、川辺川ダム、原爆などを担当。2016年5月から現職。著書に『地球環境最前線』(共著)、『復帰世20年』(共著、のちに朝日文庫の『沖縄報告』に収録)など。

 

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