臺宏士(だい・ひろし) フリーランス・ライター
毎日新聞記者をへて現在、メディア総合研究所の研究誌『放送レポート』編集委員。著書に『アベノメディアに抗う』『検証アベノメディア 安倍政権のマスコミ支配』『危ない住基ネット』『個人情報保護法の狙い』。共著に『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
テレビ朝日の看板番組「報道ステーション」でプロデューサーを務めるなど同局のジャーナリズムを支えてきた松原文枝・経済部長(52)が7月1日付で「若返り」を理由に報道局を離れ、総合ビジネス局のイベント事業戦略担当部長に異動した。
原発再稼働、安全保障、憲法改正など安倍晋三首相が強くこだわる政策に正面から問いかける報ステ時代の特集は大きな注目を集めた。これが原因で「更迭された」とも言われている。
7月からは、放送番組を国内外に販売したり、映画・コンサート、展覧会など放送事業以外での収益を図る仕事に就く(参院選や夏の終戦企画もあり着任は8月後半らしい)。
今回の松原氏の異動をめぐっては、同担当部長というポストが、松原氏を迎えるに当たって新設されたもので、昇格もないままの報道局以外への転出であることから、局内でも異例の人事だと受け止められている。
早河洋会長の下、安倍政権との距離を縮めるテレビ朝日にあって、「テレ朝ジャーナリズム」の退潮を危惧する声が出ている。
「今回の人事で落ち込んでいるんじゃないか。会社を辞めるなんてことも考えるなよ。こういう人事異動もある」――。
松原氏の周辺を取材すると、テレビ朝日で7月の人事異動の内示(発表)が6月21日にあった後、ある役員は松原氏にそう言って励ましたらしいという情報が入った。
関係者によると、テレビ朝日の社内人事は、人事担当を含む3人の役員を中心に進められ、担当部長以上のポストについては、実権を握る早河会長の了解を得る仕組みになっている、という。
松原氏の異動を「テレ朝 政権追及 経済部長を左遷 ”忖度”人事か?」といち早く報じた「日刊ゲンダイ」(6月24日)の取材に対して、テレビ朝日広報部は「通常の人事異動の一環です」と回答し、6月27日のテレビ朝日ホールディングスの株主総会でも松原氏の異動について出た質問に対して、会社側は同様の答弁で押し切ろうとしたという。
木で鼻をくくったような説明を額面通りに受け止める社員は、まずいない。ある関係者が明かす。
「役員がわざわざ本人に『辞めるな』と言うなんてことは、かえって今回の人事が左遷だということを示したようなものではないでしょうか。通常の人事異動でそんなことを役員がしたなどと聞いたことがありません」
左遷なのかどうかはともかく、社員の目から見ても不自然さが目立つ人事であったことは間違いないようだ。
松原氏がいまの経済部長に着任したのは2015年4月だった。在任期間は2019年4月で5年目に入り、時期的には異動になっても確かにおかしくはない。問題はその異動先だ。
過去の経済部長の異動先を見てみると、前々任の経済部長は、クロスメディアセンター長、前任者は、政治部長への異動後に、同じ7月1日付の人事でアナウンス部長として昇格するなどいずれも放送の現場にとどまっているのとは対照的なのだ。
仮に報道局以外に行く場合でも秘書や企画などといった経営にかかわる部署が多いという。経済部長として築いた企業とのパイプをビジネスに生かしてもらうという理由が成り立たないわけではない。ただ、こういうケースでは表向き昇格人事を装うことが多いが、それもない。
松原氏の異動について別の民放キー局の関係者は「今回の人事異動は、松原さんが報道ステーションのチーフ・プロデューサーだったときに起きた出来事までさかのぼると思います。松原さんの安倍政権に厳しい番組づくりに経営陣はもともと報道から出したかったのです」と指摘する。
報ステ時代にいったい、松原氏の周辺では何が起きたのか。当時のテレビ朝日内で起きていたことを関係者に尋ねてみた。すると、安倍政権との関係を深めるトップの姿が浮かび上がってきた。