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テレ朝人事の波紋(上)経済部長の「報道外し」

臺宏士 フリーランス・ライター

テレ朝・早河会長と幻冬舎・見城社長と安倍首相

 松原氏は、1991年にテレビ朝日に入社した1年後の1992年に報道局の政治部に異動となった。その後、経済部をへて2000年に、「報道ステーション」(2004年4月~)の前身にあたる「ニュースステーション」(1985年10月~2004年3月)のディレクターになる。2012年には、チーフ・プロデューサー兼プロデューサーという立場で約100人のスタッフを率いることになった。

 折しも時代は、民主党政権がこの年の12月に崩壊。自民党が政権与党に復帰し、第二次安倍政権が成立するなど政治状況はがらりと変わった。

 第一次安倍政権は2007年7月の参院選で敗北し、約1年で退陣を余儀なくされた。「アベノミクス」の言葉が象徴するように、第2次安倍政権では憲法、歴史認識、安全保障といった安倍首相好みの政策は当面、脇に置かれて、経済政策重視の姿勢を打ち出した。また、かつては激しかったメディア批判も手控え、良好な関係にも気を使うなど発足当初、安全運転の政権運営との評価も受けた。

 しかし、その一方で、新聞、テレビなどメディアトップと安倍首相との度重なる会食は、読者、視聴者のメディア不信を招いた。

 このころ早河会長も2013年3月22日と2014年7月4日の2回、会食をともにしている(読売新聞「安倍首相の1日」から)。報道畑の出身ではない早河会長に安倍首相を紹介したのは、見城徹・幻冬舎社長と言われている。幻冬舎は『約束の日 安倍晋三試論』(小川榮太郎)、『総理』(山口敬之)――などのいわば、安倍政権のPR本の版元である。

 首相との会食には当然ながら、見城氏もテレ朝の放送番組審議会委員長を務める関係から同席していた。菅義偉官房長官も報道各社幹部との会食を頻繁に行っていることはよく知られているが、その実態は不明だ。

 早河会長が、安倍首相や菅官房長官との携帯電話やメールでのやりとりを周囲にうれしそうに話すというのは、局内で語られる蜜月ぶりを示すエピソードだ。

拡大幻冬舎の見城徹社長
拡大テレビ朝日の早河洋会長

見城氏、安倍首相を大絶賛

 早河会長、見城氏の2人と、安倍首相との関係が露骨に番組づくりに結びついたと言われているのは、2017年10月の衆院選(10月10日公示、22日投開票)を2日後に控えた10月8日、インターネットテレビ局「AbemaTV」に安倍首相が単独出演したことだろう。

 見城氏は本来、番組審議会の委員長としてテレビ朝日の番組のお目付役であるはずなのだが、テレ朝が出資し、早河会長が会長を務める「AbemaTV」に自分の名前を冠したトーク番組「徹の部屋」(原則毎月1回、2016年7月~19年6月・全44回)を持っていて、そこに安倍首相を招いたのである。

「すごく、あれですよ、ハンサムですよ」
「内面がにじみ出ているお顔です」
「本当にね、信義に厚い方、それから私利私欲がない」
「いい人過ぎるんですよ。独裁の感じは全くしないです」

 見城氏は、安倍首相を前にこう大絶賛したのである。余りにあからさますぎて「ほめ殺し」に見えるほどの持ち上げぶりは番組の最後まで続いた。

 国政選挙の直前に特定の政党のトップを単独出演させることは、放送法4条が定める政治的公平の観点から各局とも控えている。放送法対象外とは言え、テレビ朝日が40%出資する「AbemaTV」で、露骨に政府寄りの番組を配信するのは問題だ、という声はテレ朝社内からも多く出た。

 テレ朝との関係は一例だが、安倍政権はこうしてメディアの経営者との関係を深めていく。

「報ステ」チーフ・プロデューサー退任の経緯

 安倍政権は「安全運転」を1年ほど続けた後、2013年の終わりごろから「暴走運転」に変わっていった。

 安全保障政策関連では、国家安全保障会議設置法(11月成立)、「特定秘密保護法」(12月成立)に続いて、2014年に入ると、「武器輸出三原則」を改めた「防衛装備移転三原則」を4月に閣議決定し、武器輸出に道を開いた。7月には憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行うなどそれまで封印してきた政策を、反対する国民の世論を押し切って次々に実現させた。

 エネルギー政策でも大きな方針転換が図られる。4月に閣議決定した「エネルギー基本計画」で原発を「ベースロード電源」と明記し、原発再稼働の方針を打ち出した。民主党政権が東京電力・福島第一原発事故(2011年3月)を受けて決定した「2030年代に原発稼働ゼロ」という理念は葬られてしまった。

 この年の沖縄では辺野古新基地建設の是非が争点となった名護市長選(1月)、名護市議選(9月)、沖縄県知事選(11月)、衆院選(12月)と四つの選挙で沖縄県民は反対の意思を安倍政権に突き付けた。

 一方、メディアにとっては大きな痛手を負う年となった。朝日新聞が8月、過去の慰安婦報道の一部を誤報と認めて取り消し、当時の木村伊量社長が退任することになった。この出来事は松原氏にも小さくない影響を与えることになる。

 衆院選で自民党が勝利した2014年12月。松原氏は、チーフ・プロデューサーから経済部長への異動を上司から告げられるのである。

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筆者

臺宏士

臺宏士(だい・ひろし) フリーランス・ライター

毎日新聞記者をへて現在、メディア総合研究所の研究誌『放送レポート』編集委員。著書に『アベノメディアに抗う』『検証アベノメディア 安倍政権のマスコミ支配』『危ない住基ネット』『個人情報保護法の狙い』。共著に『エロスと「わいせつ」のあいだ 表現と規制の戦後攻防史』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』など。 

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