「きちんとした回答をいただけていると思わないので、繰り返し聞いています」
2019年07月07日
望月衣塑子・東京新聞記者の官房長官会見での質問をめぐり、同紙が官邸から最初に申し入れを受けたのは、2017年9月1日だった。
「国民に誤解を生じさせるような事態は許容できない」
東京新聞政治部次長(官邸キャップ)という立場だった篠ヶ瀬祐司氏(当時)宛ての文書は、非常に強い調子でそう非難した。
この文書を出したのは、司会進行を務める、上村秀紀・官邸報道室長だ。2018年12月28日に内閣記者会に対して、米軍辺野古新基地建設をめぐる望月記者の質問を「事実誤認」だとして「問題意識の共有」を求める文書を出した同じ人物である。
9件に及ぶ東京新聞への申し入れで、官邸が初めて問題視したのは、1週間前の17年8月25日午前の記者会見で望月記者がぶつけた、加計学園問題についての質問だった。
そもそも、社会部記者である望月記者が報道各社とも政治部の取材範囲である官房長官会見に出席しているのはなぜか。
望月記者によると、目的の一つは、学校法人・加計学園(岡山市)が、岡山理科大学の獣医学部(2018年4月開校)を愛媛県今治市に新設する問題について質問するためだったという。
朝日新聞が17年5月17日朝刊で、獣医学部の新設に難色を示す文部科学省に対して内閣府が「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」――などの言葉を使って、文科省に開設を急がせる様子を記した同省の内部文書の存在を報じた。この報道をきっかけに社会の大きな注目を集めることになった加計学園の加計孝太郎理事長は、安倍晋三首相が「腹心の友」と呼ぶ人物で、直接見解をただしたかったらしい。
しかし、安倍首相が官邸で記者会見を開く回数は年に数回ほど。例えば、17年は4回、18年は3回しか開かれなかったという。
首相会見では、東京新聞の政治部すら直接質問する機会は限られている。そこで目を付けたのが、内閣記者会が主催する官房長官の記者会見だった。原則として平日の午前と午後に2回開かれ、質問する内容や時間の限定はない。丁々発止の問答にたけた望月記者にはもってこいの条件だったともいえる。
2017年8月25日の質問に戻す。
加計学園問題は、報道から約3カ月たった8月時点の焦点は、文科省の大学設置・学校法人審議会が獣医学部の新設を認める答申を出すかどうかだった。
8月25日午前、望月記者は次のような質問をした。このときの記者会見の時間は全体で約30分間あり、このうち約7分間にわたり質問している。質問回数も10回。ほぼ二問に制限されている現在とは大違いである。加計学園問題に関する質問は八問目だった。
望月記者 最近になって公開されております、えー、加計学園の設計図、今治に出す獣医学部の設計図52枚ほど公開をされました。それを見ましてもバイオセキュリティーの危機管理ができるような設計体制になっているかは極めて疑問だという声も出ております。また、単価自体も通常の倍ぐらいあるんじゃないか、という指摘も専門家の方から出ています。こういう点踏まえても、今回えーと、学校の認可の保留という結果が出ました。本当に特区のワーキンググループ、政府の内閣府がしっかりと学園の実態を調査していたのかどうか。ここについていま、政府としてのご見解をお聞かせ下さい。
菅義偉官房長官 いずれにしろ、あのー、学部の設置認可については昨年11月および本年4月も文部科学大臣から大学設置・学校法人審議会に諮問しており、まもなく答申が得られる見込みであると聞いており、今の段階で答えるべきじゃないと思います。この審議会というのは、専門的な観点から公平公正に審査されている。こういうふうに思います。
首相官邸のホームページにある官房長官会見の映像を見ると、望月記者の方を見て、質問に耳を傾けていたと思われる菅長官は、望月記者が「学校の認可の保留」と言及すると、上村室長が立っている上手の方向を一瞥する様子を確認することができる。
案の定と言うべきなのか。7日後の9月1日、上村室長が篠ヶ瀬氏に出した文書は次のような内容だった。
貴社の記者が質疑の中で、平成30年度開設の大学等についての大学設置・学校法人審議会の答申に関する内容に言及しました。正式決定・発表前の時点での情報の非公表は、正確かつ公正な報道を担保するものです。官房長官記者会見において、未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は、当室としては断じて許容出来ません。貴社に対して再発防止の徹底を強く要請いたします
上村室長名のこの文書は、申し入れた理由について、「文部科学省広報室から当室に対し、当室から内閣記者会駐在の貴社の記者に注意喚起を行うよう要請がありました」と説明している。
前日の8月31日に文部科学省の三木忠一広報官は、東京新聞に対して、「(望月記者が官房長官会見で)言及のあった当該内容は、正式決定・発表前の時点のもので、当該記者会見の場という公の場において言及されることは、当該質疑に基づく報道に至らなかったとはいえ、事前の報道と同一のものとみなし得る行為であり誠に遺憾です」と批判し、「今後二度とこのようなことのないよう、再発防止策の真摯な実施を求めます」と申し入れているのだった。
つまり、望月記者の質問は、官邸報道室と文科省広報室の二つから問題視されたというわけだ。
とりわけ、上村室長は「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は、当室としては断じて許容出来ません」と望月記者を厳しい表現を使って批判したのだった。
文科省や官邸がどうしてこれほどの怒りを示したのかというと一つには、望月記者が触れた「認可の保留」は、この日の午後、文科省が発表を予定していた情報だったからだ。記者会見で先に言及しただけなら、望月記者のいわば「特ダネ」になるわけだ。親切にも会見の参加者全員に教えたということに過ぎない。
ところが問題にされたのは、文科省が事前に文科省の記者クラブの加盟社に対しては説明をしており、その情報を報道できる解禁日時も設定されていた。文科省から見れば、望月記者は、取り決めを破ったというわけだ。
各省庁がそれぞれの記者クラブとどのような発表前の情報提供についての取り決めをしているのかを、記者クラブ所属していない記者が知るということはまずない。知らなかった記者がたまたま別のルートから入手した情報をもとに記事にしようとすれば、通常だと、報道される前に担当記者(この場合は文科省の記者クラブに所属している記者)にも問い合わせや、ゲラなどの形で情報が回るので報道に至ることはまずない(場合によっては、情報源が異なることで確信的に報じる報道機関もあるかもしれない)。
望月記者のように取り決め内容を知らない記者の質問を、記者会見などの取材段階で防止するのは、現実的にはかなり難しい。記者会見には、取り決めの場となった記者クラブに所属していないフリーランスのライターもいることだってあるのだ(フリーの場合、記者会見への参加拒否というリスクが伴う)。
ただ、このケースで文科省や官邸の激しい抗議が腑に落ちないのは、望月記者の質問や文科省の発表を待つまでもなく世の中の人たちは、大学設置・学校法人審議会が認可を保留するであろうことを、報道を通じてすでに知っていたということだ。秘密の定義には当てはまりようのない情報なのだ。
8月25日から2週間ほど遡る。
大学設置・学校法人審議会がこの判断を固めたのは8月9日だった。審議会は原則としてメンバーも日程も非公開で行われるため、どんな審議をしたのかはすぐにはわからない。報道各社はその情報を入手した時点でそれぞれが五月雨式に報じていった。以下のような具合だ。
▽朝日「新設判断保留へ 文科省審議会が方針」(8月10日朝刊)
▽読売「文科省審議会 『加計』新設 判断を保留 獣医学部 可否の答申延期」(8月10日朝刊)
▽毎日「岡山・加計学園 獣医学部新設問題 新設の判断保留 答申、秋以降に延期 文科省設置審」(8月10日夕刊)
▽東京「『加計』認可 判断保留へ 獣医学部 設置審 答申は秋以降」(8月10日夕刊)
▽日経「学部新設の判断保留 設置審 文科相への答申延期 加計学園巡り」(8月10日夕刊)
▽産経「加計獣医学部の判断保留 設置審 文科相答申延期へ」(8月11日朝刊)
望月記者は、NHKのニュースを参考に質問したという。
NHKは「学校法人『加計学園』の来年4月の獣医学部新設について審査する文部科学省の審議会が、きょう開かれ、実習計画などが不十分で課題があるとして、認可の判断を保留する方針が決まり、今月末に予定されていた大臣への答申は延期される見通しとなりました」と9日に報じていた。
これらの報道に対して、文科省や官邸報道室が抗議したのかというと、それは行っていない。
これだけ報道機関が報じている中で、上村室長が非難したように「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態」に当時の国民は、本当に巻き込まれていたのだろうか。
このときは、東京新聞が官邸の申し入れを事実上、受け入れる形で決着したらしい。文書での回答はしなかったようだ。2月20日朝刊の特集「検証と見解/官邸側の本紙記者質問制限と申し入れ」には記述がない。
ただ、「認可保留」が、いわば既知の情報であったことなどを踏まえると、文科省や官邸の過剰抗議にも映るこうした態度は、“望月記者に完敗したあの時の会見”の意趣返しであるようにも思える。
2017年6月8日の質問だった。
2日前の6月6日午前の記者会見(この時の質問は11回だった)に続く、2回目の出席となる菅官房長官の記者会見で、望月記者は「総理のご意向」文書問題を改めてぶつけた。
2017年5月17日。菅長官は、朝日新聞の「総理のご意向」報道(17日朝刊)について、午前の記者会見で全面否定していた。「報道は承知していますけれども、そのような事実はありません」「あの文書がどういう文書かさえ、その作成日時だとか作成部局だとか、そんなの明確になってないんじゃないでしょうか。通常、役所の文書というのは、そういう文書じゃないと思いますよ」「誰が書いたか分かんないじゃないですか。そんな意味不明なものについて、いちいち政府で答えることじゃない。そう思います」
午後の会見ではさらに「全く、怪文書みたいな文書じゃないでしょうか。出所も明確になってない」と朝日があたかも誤報したかのようにニュアンスを強めた。
文科省も19日にはわずか半日の調査で「文書の存在を確認できない」と発表した。政府は国会での野党の再調査要求も突っぱねていた。
しかしその一方で、文科省の現役職員による、報道各社の取材に応じる形での内部告発も続き、25日には前川喜平・元文科省事務次官が記者会見し、文書の存在を証言するという展開にまでなった。
「文部科学省において検討した結果、出所や入手経路が明らかにされていない文書については、その存否や内容などの確認の調査を行う必要がない。そのように判断した。現在においても状況には変わりがない。文部科学省において考えられるもの」
菅長官は記者会見で同じ言葉を繰り返し、再調査については否定し続けた。不毛とも言える膠着状態を打ち破ったのが、望月記者の6月8日午前の質問だったのである。
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