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「残業なし」の小出版社の異色ビジネス書がヒット

京都で定食店を営む中村朱美さんの『売上を、減らそう』を刊行したのは明石のライツ社

川本裕司 朝日新聞記者

 社員が残業をしない兵庫県明石市の出版社「ライツ社」から6月に刊行された、売り上げ増を目ざさない異色の定食店のビジネス書がスピード増刷された。長時間労働が定着している出版、飲食業界で、ともに働き方改革を先取りしたような会社の成果がヒットする時代となっているようだ。

異色のタイトルのビジネス書、短期間で増刷に

4店目となる50食限定のランチ定食店「佰食屋1/2」を始めた「売上を、減らそう」の著者中村朱美さん=2019年6月20日、 京都市中京区
 ステーキ丼専門店「佰食屋」(京都市右京区)など4店舗を経営する中村朱美社長(34)の著書「売上を、減らそう」が出たのは6月17日。事業拡大を基調とするビジネス書では場違いなタイトルながら、25日には早くも2刷となった。

 夫(48)が考案したステーキ丼をメニューに、2012年11月に開店。翌月、ブログで取り上げられて行列ができるようになった。14席と手狭だったため、2年後には来店を指定する整理券の配布を始めた。「将来の不安に備え、売り上げを増やすのはやめる」というスタート時からの哲学のもと、16年夏からはランチのみ百食が売れると、営業を終えるようにした経緯が著書には紹介されている。

 残業もフードロスもない経営や障害者、高齢者、シングルマザーらも排除しない多様な採用が注目を集めた。日経WOMANの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞など、経営者や起業家としての表彰も数多い。

 中村さんは「夕食を家族一緒にとる家庭に育ち、2人の子どもがいる自宅に早く帰りたいという私の思いを従業員にもと、残業なしにした。一緒に働きたい人を採用した結果、いろんな人が集まった。職場が羽を休める場所になればと考えている。時代の流れが変わってきていることは感じる」と語る。

 地方から「店をやってほしい」という要望が多く寄せられている。今年6月には、フランチャイズで作れるキーマカレーなどのメニューによる50食限定の4店目「佰食屋1/2」をオープンさせた。業績至上主義とは異なる飲食店の新しいビジネスのあり方を提示しようとしている。

 中村さんとライツ社のやり取りは、もっぱら昼間のメールだった。夕方5時半を回ると、互いにメールもほとんどしない。

定例の会議はなし

兵庫県明石市のライツ社は4人で設立された。右から2人目が大塚啓志郎社長、右から3人目が高野翔副社長

 ライツ社は大塚啓志郎社長(33)の祖父が所有する地元のマンション1階の店舗跡を借り、16年9月に4人で設立された。社名には、write(書く)、right(まっすぐ)、light(照らす)の意味を重ねた。

 大塚さんが以前いた京都市内の出版社では仕事に追われ泊まり込むこともあった。新会社では刊行点数を増やして社員を追い込むようなことはせずに、従来にない本づくりをめざした。重要な連絡はメール、社員間のやり取りはLINEでそれぞれ行い、定例の会議はない。出版の企画はLLINEで提案、他の社員の反応で取捨選択されていく。盛り上がれば採用につながり、スルーされればボツになるといった具合だ。

利益の確保が「残業ゼロ」を可能に

 以前は長時間労働の慣習が残り、午後9時、10時まで働いていた。ただ、自身や社員の家庭で妊娠、出産が相次いだことで、昨年秋からは勤務時間(午前9時~午後6時)を超えた残業はしないようになった。

 大塚社長が勤めていた出版社の同僚でもあった営業担当の高野翔副社長(35)によると、刊行点数は年間平均7冊と少ないが、重版率は7割と業界平均の1~2割を大きく上回る。利益の確保が残業ゼロを可能にしている。

 16年12月に出した最初の「大切なことに気づく365日名言の旅」。印税のかからない作りにし、初版6000部で出したところ、6刷25000冊に達した。アフリカなどの少数民族を被写体と同じ姿で撮影するヨシダナギさんの写真集「HEROES」は1万円を超える価格ながら18年4月に出し5刷のヒットに。

 残業したくない会社員の心情を描いた、さわぐちけいすけさん(30)=京都市在住=の漫画本「僕たちはもう帰りたい」は今年3月に刊行され4刷となっている。上司との関係や取引先とのトラブルといった切実な話題を盛り込みながら、スナック「もう帰りたい」で夜ごと繰り広げられるママと20~50代の会社員男女7人との丁々発止のやり取りに本音をちりばめた。

 30ページごとに本文を12色の色紙で変える前例のない本「毎日読みたい365日の広告コピー」も手がけている。

 大塚社長は「執筆を依頼した中村さんに影響を受け、考えていた『残業なし』に本気で取り組むようになった」と話す。