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「飛鳥・藤原」は韓国と共同で遺産登録目指したら

「四国八十八カ所霊場」「本四連絡橋」・・・令和時代の世界遺産登録を考えた

筒井次郎 朝日新聞記者

モノは世界遺産になれず、三内丸山遺跡は復元

 世界遺産に登録されるためには、その候補として「暫定リスト」に載る必要がある。いま日本で載っているのは次の5件だ。

 北から「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道と青森・岩手・秋田の各県)▽「古都鎌倉の寺院・神社ほか」(神奈川県)▽「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」(新潟県)▽「彦根城」(滋賀県)▽「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」(奈良県)。

 全体的に渋い印象は否めない。可能性の高いものはすでに登録され(暫定リストから抜け)、残った候補地だからである。

 イコモス国内委員会理事を務めた京都府立大の宗田好史教授からうかがった、世界遺産の登録の傾向の話を振り返る(前回の記事で紹介しました)。

 世界遺産の登録が始まった初期に多かったのは、エジプトのピラミッドなど誰もが知っている名所の「Aクラス」。1990年代から増えたのは、あまり知られていないが、実はすごいという「Bクラス」。21世紀になると、今までにない分野の資産に注目した「Cクラス」を加えていった。

 国内では「姫路城」などの「Aクラス」はほぼ登録されつくし、令和時代は「Bクラス」「Cクラス」が、登録を狙うことになる。

 暫定リスト5件のうち、2年後の2021年の候補地に「内定」しているのは縄文遺跡群だ。しかし、私は心配である。縄文遺跡から出土した土偶は文化財の価値も高く、表情も豊かで心引かれるが、モノは世界遺産になれない。対象は「不動産」、つまり土地や建物なのである。

世界遺産3拡大「北海道・北東北の縄文遺跡群」で最大の三内丸山遺跡(青森県)=上田真由美撮影

 となると、縄文遺跡にあるのは建物跡の柱穴や、ストーンサークルの石など。最大の三内丸山遺跡にある「建物」はすべて復元。それも想像だ。古代ローマの劇場や神殿、墳墓・・・・・・。これら世界遺産に登録された海外の遺跡に比べても、地味である。

 はたして世界基準ではどう評価されるのか。いままで登録された日本の23件の世界遺産に比べても、ハードルは最も高いと思う。17の遺跡を候補としているが、そんなに要るのか。49基の古墳を一括登録した百舌鳥・古市古墳群は範囲が限られているのに対し、縄文遺跡は1道3県の広い範囲に及ぶ。

 私が訪れた世界409カ所の世界遺産の中で、地味な遺跡はなかったか、思い出してみた。

世界遺産3拡大バイキングの遺跡が残るスウェーデンのビルカ島=筆者撮影
 あった。スウェーデンの「ビルカとホーヴゴーデン」だ。見た目には原っぱに所々石がごろごろしているだけだが、ヨーロッパを席巻したバイキングの都市遺跡である。地味ではあるが、世界規模の遺跡だったのだ。つまり、「Bクラス」。縄文遺跡群の登録のカギは、「世界」の基準で縄文をどう説明し、どう理解されるのかだろう。

 厳しめに見るが、仮に諮問機関が4段階の上から3番目の「登録延期」と勧告しても、近年は本番の委員会での「逆転登録」が多いため、登録される可能性はある。私は、それを良しとはしないが、登録されれば、それは世界遺産である。

1992年から暫定リストのままの彦根城

 実は、私が注目する候補は別にある。滋賀県の「彦根城」と奈良県の「飛鳥・藤原」である。

 彦根城は、不運な世界遺産候補だ。

 日本の世界遺産として最初に登録された「姫路城」「法隆寺地域の仏教建造物」などと同時の1992年に暫定リストに載った。当時は文化庁主導で候補地を決め、この時リストに載った候補地で世界遺産になっていないのは「鎌倉」と彦根城だけだ。鎌倉は一度挑戦したが、「不登録」と勧告された。彦根城は、挑戦すらできていない。

 理由は、姫路城だ。似たものは世界遺産になりにくいとされているのだ。

世界遺産3拡大世界遺産候補のまま27年の歳月が過ぎた「彦根城」=筆者撮影
世界遺産3拡大彦根城が世界遺産になれないのは美しすぎる「姫路城」のせい=筆者撮影

 彦根城のおひざ元・彦根市には、苦い体験が語り継がれている。

 1993年、世界遺産登録の事前審査に訪れたユネスコ諮問機関の専門家が、姫路城に感嘆したが、その後に彦根城を見て無言になった、というものだ。

 姫路城は、5層6階の大天守を持ち、その美しさから「白鷺城」とたたえられる。一方、彦根城も天守は国宝だが、3階建て。見劣りは否めない。

 姫路城が日本初の世界遺産に登録される一方で、彦根城は置き去りにされた。

 この間にあるアイデアが動いた。当時、全国に国宝天守を持つのは4城(現在は5城)。松本城(長野県)、犬山城(愛知県)の地元が、「近世の城郭群」としての登録を検討し、彦根を誘った。しかし、姫路が難色を示した。理由は、単独登録であることの誇りだ。

 日本の世界遺産は、単独登録が少ない。姫路城の他は広島県の「厳島神社」と「原爆ドーム」くらい。京都の清水寺も奈良の東大寺も、周囲の寺社などとあわせた世界遺産だ。

 世界各地では「教会群」や「要塞群」といった、同じような資産をひとつにまとめた世界遺産が多い。また、単独登録を周囲に拡大した例もある。フランスの優雅な「シャンボール城」は、周囲の城館とともに「シュリー-シュル-ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷」となった。スペインの先史時代の洞窟壁画「アルタミラ洞窟」は、周辺の洞窟を含む「アルタミラ洞窟と北スペインの旧石器時代の洞窟画」となった。

 しかし、姫路が了承しない限り、このアイデアは進まない。姫路城の単独ではなく、最初から「城郭群」として登録していれば、彦根城も世界遺産になっていただろう。

 だが、彦根市の世界遺産担当者は、登録への執念を失っていなかった。

 改めて姫路城の登録理由を、深く読み込んだ。その結果、気づいたことがあった。姫路城が世界遺産になる際、「木造建造物の傑作」「城郭建築の最高点」という点では評価されたが、「江戸時代の封建制を象徴する」という項目は認められなかったのだ。

 ここに登録へのヒントがあった。「江戸時代を象徴する遺構」としての彦根城だ。目を付けたのが、江戸時代の各城にあった城主の御殿、城主とともに政治行政に携わった重臣の屋敷、大名庭園や藩校とその跡地。全国200カ所の城などを調べ、文化財指定の状況を点数化した。すると、彦根城は姫路城を上回って、最高点となった。

 世界的な視点でいうと、江戸時代は、世界でもまれな200年以上にわたる平和な時代だった。彦根市の説明では「武士たちは自らの役割を戦しから統治者に変え、城を拠点として領地を統治する新しい仕組みを築き上げた」とし、「彦根城は江戸時代の統治の仕組みを、現存する資産によってあらわすことのできる唯一無二の遺産」であるとした。

 同じ資産でも、推薦理由を変えると登録されることがあるのが世界遺産。「世界」の視点と、後ほど説明するが「平和」の視点。私は「説明の難しい遺産」は好きではないが、今回は例外としたい。なにしろ候補としての苦節27年の歳月を思うからだ。そして、彦根城は不運なだけで、「Aクラス」ではないにしろ、「Bクラス」として登録されるだけのポテンシャルを持っているからだ。

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筆者

筒井次郎

筒井次郎(つつい・じろう) 朝日新聞記者

1993年朝日新聞社入社。京都や奈良、姫路など世界遺産のある総局や支局に赴任。現在は延暦寺(世界遺産)や彦根城(世界遺産候補)を抱える滋賀県の大津総局に勤務。寺社や遺跡、それを守る人々への取材を重ねる一方、1997年にライフワークとして始めた世界遺産めぐりは52カ国409件を訪問済み。育児休業を3度、計11カ月取得し、子育て世代の取材にも関心がある。

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