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災害大国のわりに準備ができていない国・ニッポン

いざ災害が起きたとき、タイムリーな対応ができるために何をするべきか?

田邑恵子 開発コンサルタント

北海道地震の後、停電で消えた「さっぽろテレビ塔」の照明=2018年9月6日、札幌市中央区

災害への準備ができてない国

 8月になった。猛暑のなかで思い出すのは、昨夏、日本を襲った台風や豪雨など災害である。地球温暖化の影響か、地球の各地で異常気象が顕在化するなか、日本が再び、台風や豪雨の被害に遭う可能性は、高まっているように思う。くわえて、首都圏や太平洋岸を襲う地震はいつ起きても不思議ではないとも言われる。

 「日本は災害大国」という文章を目にするが、なんとなく「災害がしょっちゅう起きて、その準備がばっちりできている日本」というような印象につながっているような気がする。これははたして本当だろうか?

 長年、中東・アフリカでの開発支援や紛争地復興に携わってきた私は、世界のさまざまな災害の現場も見てきた経験を踏まえ、防災・減災にも取り組んできた。その経験からすると、「災害がしょっちゅう起きている割には準備のできてない国」というのが日本の実情に近いように思う。

 耐震基準、インフラ整備をはじめ、突出した技術に支えられたハードがある一方、情報の活用、関係機関の連携などのソフト面は進んでいない。そして、なにより地域差が大きい。東海地震、南海トラフに備えた地域の防災意識が比較的高い一方で、「災害慣れ」していない地域の備えは著しく低い。ただ、阪神淡路大震災、熊本地震など、災害は往々にして「ここには来ないと思っていた」地域を襲うものだ。

 日本はホントに大丈夫か?不安を覚えずにはいられない日本の防災について、あらためて考えてみたい。

準備がないと「人災」になる

 私は北海道の出身だが、北海道では釧路沖付近の北海道東部、えりも岬付近の北海道中央部を除いて地震は頻発しない期間が長く続いた。 札幌市では東日本大震災発生時も含めて、震度3以上の揺れを記録したことはたった17回しかなかった。実際、2013年9月から2018年9月までの5年間では、震度3以上の地震はわずか7回しかない。北海道民の多くが震度3以上の揺れを経験したことがなかった。そう。昨年9月の北海道胆振東部地震が発生するまでは……。

 繰り返すが、阪神淡路大震災(1995年)や熊本地震(2016年)など、災害はしばしば、ここには来ないと思っていた地域を襲う。北海道地震もしかり。北海道などの寒冷地では(2月の平均最低気温、札幌市・マイナス7度、日本一寒い町と言われる陸別町マイナス10度)、準備不足は「死」に直結する。胆振東部地震が9月ではなく真冬の2月に起きていたら、全停電、インフラ停止を起因とする死者が発生した可能性がある。準備不足ゆえに死人が出る。それはもう自然災害ではなく、「人災」に他ならない。

 私が災害には事前の準備が必要だと強調するゆえんである。

災害対応で肝心なのは最初の72時間

倒壊した民家に取り残された人を救助する消防と警察の救助隊=2016年4月15日、熊本県益城町
 災害対応は、「初動期」、「応急期」、「復旧期」、「復興期」ごとに検討しなくてはならないことが多々あるが、肝心なのは「最初の72時間が勝負」という事実だ。要するに、72時間の準備を最低限進めておくことで、混乱を防ぎ、救出できる命の可能性は格段と増える。そのためには、行政、民間、支援団体、報道機関、市民が、「命を救うために自らできること」を明確化し、「縦割り」を超えて協力しあうしかない。

 東日本大震災は、その広域度、破壊度、原発事故がもたらした複雑性と、 いずれも「想定」を凌駕(りょうが)していた。あの3・11の光景を前提に考えると、「何から手をつければいいのか」という無力感にすら襲われる。

 しかし、熊本地震、広島土砂災害、北海道胆振東部などの規模の災害はいつ、どこで起きてもおかしくない。無力感にさいなまれる前に、まずは想定される規模の災害に備えることから始めよう。日頃の準備があってはじめて、いざ災害が起きたとき、混乱と無駄を防ぎ、効果的かつタイムリーな支援をすることが可能になるからだ。

IT活用が進む海外の災害の現場

 カギを握るのは、ITだろう。私が現在支援しているシリアでは、ITを活用し、効率的な方法で避難者に関するデータが集められている。

 たとえば、人手を出せる支援団体が「8人出せる」と手を挙げ、共通のアプリを搭載ずみのタブレットを使い、他団体からのスタッフと一緒に、割り当てられた地域の避難者情報、被災状況を集める。集められた情報はネットワークを通じて遠隔にあるデータセンターに送られ、 地図、グラフなどに直ちに加工される。そのデータに基づき、全体のバランスと手元にある支援物資を照らし合わせ、「〇〇地域にはテント50張、トイレ4基、寝具150式」などと決定され、割り当てを受けた各支援団体の倉庫から直接送り込まれる。

 情報収集の方法も進化している。従来はスタッフを送り込み、対面インタビューによりデータを取るのが主流だったが、今では「ドローンを活用した自己申告」による情報収集も始まっている。

 たとえば、プエルトリコではハリケーンが発生した昨年5月、通信大手のAT&T社が携帯ネートワークを提供する小型アンテナを搭載したドローンを飛ばす新たな取り組みを展開した。ドローンを介して、人々は携帯につなぐことができた。

 この携帯ネットワークはオープンで誰もが使用可能。ネットワークに携帯電話をつなげると、「避難者情報を提供することに同意しますか?」という画面が現れる。 同意した人たちが入力したデータはドローン経由でただちに遠隔センターに送られ、「緊急支援を必要とする人たちの位置や人数」をただちに可視化できる。避難者情報が集されれば、どこを優先して救援活動をすべきか、ただちに可視化できる。ドローンが撮影した画像で、被災地の様子をただちに確認することもできる。

ITの「双方向性」の活用を

 日本はどうか?

 2016年4月14日に発生した熊本地震の際は、3日目でも 災害対策本部がまとめた被害状況を印刷した紙(熊本県 避難者数 xxx人、避難所 〇〇ホテル 水確保済みなど)を携帯電話のカメラにて連続撮影したものが唯一のデータで、それが支援団体の間を飛び交っていた。だが、この情報には人数の大雑把な括りしかなく、乳幼児、高齢者、障害のある方、あるいは人工透析など 医療措置を必要とする人に関する情報が欠けていた。くわえて、 自治体が被災状況を数日間確認できない地域もあり、その付近の避難者が支援網から取り残される事態も発生した。

熊本地震への支援物資が積み上げられたJA西瓜選果場=2016年4月19日、熊本県益城町
 そのため、「どこに何人いて、どれだけの食料・水が必要で」という計算ができなかった。透析など生死に関わる措置が必要な方への支援を優先することも難しくなる。

 日本で検討するべきは、ITによる情報の「双方向性」をどう活用するかという視点だろう。多くの自治体において、職員自身が被災しており、発生直後には応援の職員もいなく、圧倒的に人手不足だ。一方、避難した住民は自分たちのニーズをどこに訴えて良いか分からないために、個人のSMNなどで「自分が困窮していること」を発信する。そうしたある意味整理されない情報が広がり、数日後にすでに不要となった支援物資が避難所に殺到するという事態が起きる。

 避難者のニーズを正確に、迅速に吸い上げ、適切な対応へ繋げるシステムをどう構築するか。発生直後には、まだスマホや携帯の充電が残っており、そのネットワークの復旧はおそらく一番早い。スマホさえ使えるようになれば、情報収集も早くなるし、その情報を支援団体の専門家がスクリーニングし、適切な対応策を提言するというサイクルを作ることもできる。

 避難者自身による「自己申告」が完璧ではないにせよ、最初の72時間以内の自治体の人手不足をそれで補うことができ、被害の全体像を掴むのに寄与するはずだ。スマホや携帯を使えない高齢者などは、被災した者同士で助け合えばいい。

ドローンを活用した情報収集も

 熊本地震の際には、熊本市長がツィッターを使って情報発信をしたことが、メディアで広く取り上げられた。ただ、ツィッターは“消化型”の情報発信であり、情報の蓄積、包括的な情報提示、市民から情報の集約、その精査という観点からは、必ずしも最適の機能ではなかった。 今後どんなプラットフォームを使って情報発信・収集を行うのが最適か、検証されなくてはいけない。

 こういったソフトの開発こそ、本来日本が得意な分野であり、技術的には難しくはないはずだ。民間にある技術が活用されていない現状を変える必要がある。また、配慮が必要な人たちに関する情報もこの時に集めることができれば、救命にいち早く貢献できる。

 ドローンとクラウドを使った被災画像の作成が昨年7月、新潟県燕市の防災訓練で全国初の試みとして実施された。ただ、現状では「物的被害」情報の集計にとどまり、「人的被害」の情報を集める試みにはなっていない。

 KDDIは海上保安庁の巡視船に通信用アンテナをのせ、北海道胆振東部地震にて初めて稼働したが、スマホ・携帯通信網の復帰には貢献したものの、はたした役割は限定的だった。今後はドローンのような小規模のスマホ・携帯ネットワークと連携し、より大容量の情報のやり取りができるような連携を図ることが望ましい。

災害時の報道機関の役割

 災害を伝える報道機関の役割も再考する必要がある。とりわけ最初の72時間以内の情報は、「誰に何のために伝えるのか」が再度、問われる必要がある。

 私は、報道機関が災害時に発信する情報の役割には、以下の五つがあると考える。

1 事実を伝える
2 被災された方達にとって、有用な情報を伝える
3 被災地での混乱を避けるために被災地域外の人に情報を伝える
4 被災地以外の地域に住む人に自分の備えを見直すために有用な情報を伝える
5 災害の渦中にいる行政・自治体にかわって俯瞰的な情報収集を行い、包括的に情報把握をし、一部の地域で情報が空白になる事態を避ける。

未明の大きな揺れで公園に避難し、夜明けを待つ人たち=2016年4月16日、熊本市中央区
 だが実際には、1の「事実を伝える」に焦点があてられ、その他の役割についての意識が不十分なように感じられる。それが、現場に報道陣が殺到するそメディアスクラムを生む要因ともなっているのではないか。

 実際、熊本地震の際は、アクセスが容易だった益城町の避難所にメディアが大挙して押しかけ(番組ごとにクルーを派遣するので、民放TV1社で5番組が入ることも!)、大きな反発を招いた。メディアが過剰に集中してしまったことは明らかだった。報道機関からの電話対応に自治体職員が振り回され、災害対応業務に手が回らないという、本末転倒の事態も発生した。

 海外の支援現場では、初動段階でメディアがはたす役割はほとんどない。命を救うための活動、救出・救命活動、水・宿泊所・トイレの確保、最低限の生活環境の整備、混乱に乗じた児童誘拐や性犯罪などの予防、大きな精神的なショックを受けている人たちの心のケアなどが優先されるからだ。

 メディアの報道は、国連や国際NGOなど、すでに現地入りをしている支援の専門家にインタビューをするケースも多い。これは現地入りした一記者が「足でとってきた」情報よりも、組織力と専門性のある彼らが持っている俯瞰(ふかん)的な情報や今後の懸念材料などを流す方が、より的確で、先を見越した役立つ情報を発出できるからだ。

必要な情報は何か

 日本の場合、災害現場からの報道関係者による発信活動は、

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