メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ラグビー代表チームは国籍を超えて【2】

対立の時にも共有された誇り

西山良太郎 朝日新聞論説委員

ラグビーW杯ラグビーW杯のチケット販売をPRする公式マスコットのユニット「レンジー」

 ラグビーがメジャーなスポーツになるのはまだまだ容易ではないなあ。

 そう実感する質問を受けることがある。ワールドカップ(W杯)が創設されてから32年がたつのだけれど。それは――

 「日本代表なのに、ラグビーはなぜあんなに外国人選手が多いの?」

 五輪やサッカーのW杯は、原則として「国籍主義」を採用している。国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)が五輪憲章や規定でそう定めているからだ。代表チームの選手は全員同じ国籍ということになる。だから、それと異なるラグビーを見て疑問を感じるのはよくわかる。

 世界で、国際連合に加盟している国は193ある。しかし、IOCに加盟している国内オリンピック委員会(NOC)は206、FIFAに所属する協会は211にのぼる。

 国連加盟の国より多いのは、例えば米国領のプエルトリコやバージン諸島などのように「地域」も独立した統括組織として加わっているからだ。五輪やサッカーでは、そうした地域を含め、国籍に加えてそれぞれの代表となるためのルールが定められている。

 だが、ラグビーのW杯では、そもそも国籍の規定がない。

どこでも自由にラグビーを

 現在のルールでは、ラグビーのW杯では、本人か両親、祖父母のうちの1人がその国や地域で生まれていれば、代表に選ばれることができる。

 さらに大きいのは、3年以上継続して居住した場合でも、代表の資格を得ることができることだ。

 代表に選ばれる資格が緩やかなのは、ラグビーの歴史そのものに根ざしている。

 19世紀に英国のパブリックスクールを中心に発展したラグビーは、英国人の移動と結びついて、海外へ普及した。植民地政策もあり、ビジネスマンや宣教師といった宗教関係者らが海をわたり、現地でラグビーを楽しんだとされている。移り住んだ土地でチームをつくり、他の国のチームと戦う。そこに国籍は関係ない。むしろ、ないほうが自由にチームを作ることができる。

 もう一つ大きいのは英国内の3協会(イングランド、スコットランド、ウェールズ)とアイルランドの存在だ。この四つの協会は19世紀から独自の組織を作り、試合を繰り返してきた。

 今でも、英国から独立を主張する運動が続くスコットランドをはじめとして、それぞれの地域は政治的にも経済的にも独自性を持つ。ラグビーでもイングランドへの対抗意識は強烈で、チーム戦術の特徴や応援の歌など固有の文化を持っている。

 世界ランキングをみると7月現在でウェールズ、アイルランド、イングランドが2、3、4位と上位を占め、スコットランドも7位に食い込んでいる。

 興味深いのはアイルランド島だ。英国の西隣にあるこの島には、ダブリンに首都を置くアイルランドと、英国領の北アイルランドがある。ラグビーでは、この両者が一つの協会を作り、一つの代表チームを構成している。

ラグビーW杯2017年6月に日本代表と対戦し、22-50と大勝した緑のジャージのアイルランド代表。今年のW杯では1次リーグで同組になる=静岡県袋井市、エコパスタジアム、西畑志朗撮影

複雑な歴史、一つのチーム

 アイルランド島には、1870年代後半、北部と南部に、それぞれ協会ができた。二つの協会は話し合い、1879年に組織を融合させて一つになった。それが現在へとつながっている。けれども、この間の英国とアイルランドを巡る歴史をみれば、一つの協会を維持してきたことは、想像を超える出来事のように思える。

 8世紀にわたって英国の支配下にあったアイルランド島は、1922年に自治権を獲得した。49年には英国から完全に離れてアイルランド共和国となった。だが、プロテスタント系の住民が多い北部の地域は英国の統治下にとどまった。

ラグビーW杯アイルランドと英国の地図

 英国に残った北アイルランドでは、少数派のカトリック系の住民が選挙資格の制限や就職などで差別を受けたことに反発。英国から離れ、アイルランドとの統一を求め、プロテスタント系住民と対立した。60年代後半になるとカトリック系住民の活動は過激化し、武装組織のアイルランド共和軍(IRA)を中心としたテロが繰り返された。無差別攻撃は英国全土にも広がり、約30年で3200人以上もの犠牲者を生んだ。この紛争は、98年の包括和平合意、2000年代初めの武装解除まで続いた。

 長期にわたるこの緊張の中でも、ラグビーでは、一つの代表チームを持ち続けたのだ。

 今も記憶に残ることがある。91年の第2回のW杯でのことだ。

 大会は英国、フランス、アイルランドで開かれた。日本代表を取材するため、北アイルランドの中心都市ベルファストとアイルランドの首都ダブリンを車で何回か行き来した。

 ベルファストや国境では、テロ対策もあって、警備はものものしかった。それでもこちらが「ラグビーの取材で来た」と話すと、警察官や街の人の険しい表情が少し緩んだ。立ち止まったまま、アイルランド代表の自慢を聞かされることが何度かあった。

 一時的、あるいは部分的でしかなかったのかもしれないけれど、スポーツが国境や差別、宗教による対立といった壁を超えていく可能性をかいま見た気がした。

ラグビーW杯競り合うアイルランド代表と日本代表=17年6月、静岡県袋井市、エコパスタジアム、西畑志朗撮影

 サッカーは、ラグビー以上にプロテスタントの若者にもカトリックの若者にも普及している。同じボールを蹴ることで、立場の違う人たちが互いを理解し、一体感を持つきっかけにもなる。ここでもスポーツが社会を分断から融合へ変えていく力の一つになる――と、思いたい。サッカーの場合は、イングランドとスコットランド、ウェールズ、アイルランド、北アイルランドにそれぞれ独自の協会と代表チームがある。

 ラグビーと五輪の関係でいえば、3年前のリオデジャネイロ大会から、ラグビーの7人制競技が採用されている。英国の国内五輪委員会は一つなので、イングランド、スコットランド、ウェールズが「統一」チームで参加した。

 もし、ラグビーのW杯が国籍主義をとって英国からの出場を1チームに絞るとしたら、各地にいる素晴らしい選手の出場機会は減り、大会は随分味気ないものになるに違いない。

広がる多国籍チーム

 アメリカス・ラグビー・ニュースによると、20チームが出場した前回のW杯では、31人の選手枠で、外国出身選手が最も多かったのはサモアで13人、ウェールズ、スコットランド、トンガが12人で続いた。連覇を果たしたニュージーランドは6人が海外生まれ。すべてその国で生まれた選手のみで構成していたのはアルゼンチンだけだった。

 日本代表はどうか――。そのことは次回、お伝えしたい。

ラグビーW杯ラグビーW杯100日前イベント。中央はカウントダウンクロック=6月12日、東京・丸の内、西畑志朗撮影

【ラグビーワールドカップ2019】

2019年9月20日~11月2日 48試合
開催都市
 札幌市、岩手県釜石市、埼玉県熊谷市、東京都、
 横浜市、 静岡県、愛知県豊田市、大阪府東大阪市、
 神戸市、福岡市、熊本市、大分県

 大会ビジョンは「絆 協創 そして前へ」