大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)
1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
届かぬ40年にわたる無実の訴え
いったい、いくつの壁が、彼女の前に立ちはだかるのでしょうか。
鹿児島県大崎町で1979年に男性の変死体が見つかった「大崎事件」で、裁判のやり直し(再審)を求めていた原口アヤ子さん(92)の再審開始決定が最高裁で取り消されて約1カ月になります。原口さんは大崎事件で主犯とされ、殺人罪などで懲役10年の刑に服しました。
取り調べ段階からこの40年、原口さんは一度も罪を認めたことはありません。服役中も刑務官から仮釈放を3度も勧められましたが、仮釈放を認めてもらうためには、罪を認め、反省の情を示さなければならないことから、「やっていないことは認めるわけにはいかない」とすべて断りました。
10年の刑を勤め上げ、出所したときには、父親も母親も亡くなっていました。周囲からは「元殺人犯」という厳しい目を向けられました。それでも、地元の大崎町に戻り、身を隠すこともなく、逃げ出すこともなく、無実を訴え続けてきました。
無実の罪を晴らすために裁判のやり直しを求め続け、開かずの扉と言われる再審の開始決定をこれまで3度、受けています。しかし、そのたびに検察が抗告、最終的に裁判所が開始決定を取り消しました。今回もまた、最高裁が、3度目の扉を閉めてしまいました。
ただただ無実の罪を晴らすためだけに生きてきたといっても過言ではない原口さんはこの6月で92歳になりました。かつては「鉄の女」と言われたほどの強い女性でしたが、いまやその面影はなく、話すこともままならなくなっています。ここ数年は、鹿児島県内の病院で、雪冤を果たすためだけに、命の炎をともし続けてきました。
ですが、最高裁は6月25日付けで、鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部の再審開始決定を取り消し、請求を「棄却」、再審開始を認めない決定を出しました。
本来なら「(原決定と原々決定を取り消して、事件を原審に)差し戻す」とすべきところを、最高裁が自ら判断して再審請求を「棄却」したことが問題だと、弁護団の佐藤博史弁護士は指摘します。「地裁、高裁が再審開始を認めていたのに、最高裁がそれを破棄して、再審請求を棄却したのは、史上初。前例のない、初めての判断」だそうです。その後、弁護団から出された異議申し立てにも最高裁は耳を傾けず、決定は確定しました。しかも、この最高裁の判断は第1小法廷の5人(小池裕、池上政幸、木澤克之、山口厚、深山卓也の各裁判官)の全員一致の判断でした。
「世紀の大誤判だ」と佐藤弁護士は言います。
大崎事件はどんな事件なのでしょうか。