メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

大崎事件 「死刑宣告」に等しい最高裁決定

届かぬ40年にわたる無実の訴え

大久保真紀 朝日新聞編集委員(社会担当)

 
拡大弁護団らの語りかけに応じる原口さん=2018年10月13日

証拠は「共犯者」の自白だけ

 1979年10月15日に、大崎町の自宅の牛小屋の堆肥の中から、原口さんの夫(当時)の3番目の弟(当時42)の変死体が見つかりました。警察は原口さんが主犯の、保険金を狙った殺人事件、と見立て、原口さんの夫、夫のすぐ下の弟、その弟の長男、つまり原口さんにとってはおいの3人を殺人と死体遺棄容疑で逮捕、その後、原口さんを逮捕しました。前述したように原口さんは「あたいは、やっちょらん」と否認し続けました。

 被害者はタオルで絞め殺されたとされましたが、凶器であるそのタオルは特定されていません。物証はなく、証拠は、共犯とされた、原口さんの夫ら3人の「自白」でした。一審の鹿児島地裁は、原口さんに懲役10年、夫に8年、義弟に7年、おいに1年の判決を言い渡しました。もともとは保険金が目的の殺人事件として立件されましたが、殺人の動機が保険金目的であるとする検察官の主張は認められませんでした。

 共犯とされた3人はいずれも控訴せずに刑が確定しましたが、その後、警察の厳しい取り調べで「自白」させられたことを告白します。3人には知的障害がありました。知的障害のある人は厳しい取り調べを受けると、誘導されやすいことが最近は明らかになっています。

 一方、原口さんは控訴し、最高裁まで争いましたが、棄却され81年に刑が確定しました。

 共犯とされた3人は刑に服した後、義弟は87年に自殺、元夫は93年に病死、おいも服役したことを苦にしてノイローゼになり、2001年に首をつって自殺しました。

 服役後の原口さんは、「警察に『自白』させられたが、再審請求はしない。静かに暮らしたい」という夫と離婚しました。それでも、大崎町に住み続け、隣町まで1日4千円のピーマンちぎりの仕事をするなどして生活しながら、冤罪を訴えてきました。

 第1次再審請求では、02年3月に鹿児島地裁が開始決定を出しました。しかし、検察が即時抗告をし、福岡高裁宮崎支部が決定を取り消し、最高裁で原口さんの特別抗告が棄却されます。第2次請求は退けられましたが、15年7月の第3次請求で鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部が再審開始を認め、原口さんは昨年から最高裁の決定をいまかいまかと待っていました。

 第3次請求では、死因が争点となりました。確定判決では「窒息死」とされている死因について、弁護側は、被害者は遺体発見の3日前に酒に酔って自転車のまま側溝に落ちており、遺体の写真などから、転落事故による「出血性ショック死」の可能性が高いとする法医学鑑定を提出しました。高裁は弁護側が提出したこの鑑定を踏まえると、「何者かに殺害されたという前提で犯人像を想定することはできなくなった」と判断し、再審開始を決定しました。

 被害者は側溝に落ちた後に、連絡を受けて迎えに行った近隣住民2人に自宅に連れ帰ってもらっていました。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

大久保真紀

大久保真紀(おおくぼ・まき) 朝日新聞編集委員(社会担当)

1963年生まれ。盛岡、静岡支局、東京本社社会部などを経て現職。著書に『買われる子どもたち』、『こどもの権利を買わないで――プンとミーチャのものがたり』、『明日がある――虐待を受けた子どもたち』、『ああ わが祖国よ――国を訴えた中国残留日本人孤児たち』、『中国残留日本人』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

大久保真紀の記事

もっと見る