「信用スコア社会」の新たな貧困とは?
2019年07月25日
昨年、何度か生活の相談にのったホームレスの若者は、詳しい事情を語りたがらなかったが、家族との間に問題を抱えているようだった。体調も悪そうなので、私は生活保護を勧めたが、役所が家族に連絡をしてしまう可能性を考えて申請に躊躇していた。
彼に、住所や住民票がなくても就ける仕事はないか、と聞かれたので、ホームレスの自立支援のための雑誌である「ビッグイシュー」販売の仕事について説明をしたが、その時に彼が言ったのが冒頭の言葉である。
毎月2回発行される「ビッグイシュー」は、ホームレス状態にある人だけが販売することのできる雑誌である。販売者は1冊170円で雑誌を仕入れ、駅前などの路上に立って、350円で雑誌を販売する。1冊あたり180円が販売者の収入になる計算だ。
「ビッグイシュー」の販売者の中には、メディアの取材に顔や名前を出して応じる人もいれば、事情により顔も名前も出せない人もいる。そのことは知っていたが、路上で販売をしていて、SNSに写真がアップされてしまうリスクについては考えたことがなかった。
一度、ネットに「ビッグイシュー」販売者として顔が出てしまうと、その画像は半永久的にネット上に残り続ける。それを見た家族が販売場所まで来てしまう可能性もゼロではない。今の時代、彼の心配は杞憂とは言えないと私は感じた。
ネット上にアップされた個人情報は、本人にとって不都合なものであったとしても、一度、拡散されてしまったら完全に削除することが事実上、不可能になる。この問題は、消すのが難しい「入れ墨(タトゥー)」にたとえて、デジタルタトゥーと呼ばれている。
デジタルタトゥーという言葉は、2013年のTEDカンファレンスにおいて、生物科学関連のベンチャーキャピタルの役員であるフアン・エンリケス氏が行った講演がきっかけとなり、広く知られるようになった。エンリケス氏は、スピーチの中で「人間は不死になった」という表現で、この造語を紹介している。
今年5~6月には、NHK総合テレビで『デジタル・タトゥー』というドラマ(全5回)が放映された。こちらは、インターネットに疎い50代の「ヤメ検弁護士」が20代の人気ユーチューバーと共に、デジタルタトゥーに苦しむ人たちを救うという筋書きで、このドラマをきっかけに日本でもこの言葉が知られるようになった。
私は前述の若者がネット上に自分の痕跡が残るのを恐れて、路上販売の仕事をできなくなっていたように、デジタルタトゥー問題がさまざまな点で国内の生活困窮者支援にマイナスの影響を与えつつある、と危惧している。
最も影響力の大きいデジタルタトゥーは、犯罪歴である。
近年、生活困窮者支援の現場では、ホームレスの人が生活保護を申請して施設に入ったものの、アパートに移る段になって、ネットに過去の犯罪歴が残っていることがネックになり、部屋探しに苦労する、という話は珍しくない。部屋探しが難しくなるのは、家賃保証会社の審査に落とされるからだ。犯罪自体は軽微なものであったとしても、ネットに名前が残っていれば、不利に働くことになる。
都市部では、アパート入居時に個人の保証人を立てるのではなく、家賃保証会社を利用するのが一般的になっている。家賃保証会社の保証料は2年間で家賃の半額程度が一般的であり、その費用は入居者負担となっている。
入居希望者は家賃保証会社の利用を申し込むため、申込書に勤務先などの個人情報を記載して、不動産業者に提出する。不動産業者は代理で申請書を家賃保証会社にファクスするが、信用度が低いと判断されると、審査に落とされてしまう。
そのため、不動産業者によっては数社の家賃保証会社と連携をして、1社の審査に落とされても、すぐに別の家賃保証会社の審査を申し込み、通してくれるところが出てくるまで探すという対応をしている会社もある。
しかし、何社に申し込んでも審査に落とされる人もいる。家賃保証会社はどういう基準で審査をしているのか、教えてくれないので、審査のプロセスは闇の中なのだが、今回、私は都内の家賃保証会社に派遣社員として働いていた経験のある30代の男性に話を聞くことができた。
彼の業務は、不動産業者から送られてきたファクスの内容をもとに審査の材料となる資料を集めて、審査担当の社員に渡すことだった。
「まず最初にやるのが、Googleなどの検索サイトで申込者の名前と、スペースを1文字空けて、『逮捕』または『容疑』と打ち込むことです。過去のニュースや『5ちゃんねる』(掲示板サイト)等で名前がひっかかると、それを社員に伝えます。」
彼は3カ月しか、その職場で働いていなかったが、
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