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佐々木朗希の欠場騒動、監督の決断は見事だった

小関順二 スポーツライター

日本的野球観とアメリカ的野球観の対立

 國保監督に対しては昨年夏の岩手県大会を見てから興味が沸き、インターネットで情報を探った。同姓同名で経歴も同じ人物に繋がり、その選手は筑波大を卒業するとアメリカに渡り、独立リーグでプレーしていた。回りくどい言い方はやめよう。國保監督はメジャーリーガーへの道を模索する“元プロ”だったのだ。

 アメリカのプロ野球を経験している野球人が、9回(129球)を投げて完封した選手を、翌日の試合に投げさせるわけがない。つまり、佐々木を岩手県大会の決勝戦に投げさせなかったことをめぐる是非論は、日本的野球観とアメリカ的野球観の対立という話にもなる。

大船渡の佐々木朗希(左)と国保陽平監督拡大大船渡の國保陽平監督(32)は、佐々木朗希(左)の将来を優先させた

 日本的野球観を象徴するバントに対しても同じ傾向が見られる。私が見た昨年夏の岩手県大会2回戦、盛岡三戦での大船渡のバントはゼロ(盛岡三はその年の春季大会で準決勝に進出している)、そして今夏4回戦の盛岡四戦はゼロ(盛岡四は今春の準優勝校)、準々決勝の久慈戦は1個だった。相手が強く、スコアが接戦になってもバントではなく強打に活路を見出そうという姿勢が2016年夏、甲子園で優勝した作新学院に重なった。

 佐々木朗希が決勝戦に登板しなかった原因の1つに

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筆者

小関順二

小関順二(こせき・じゅんじ) スポーツライター

1952年、神奈川県生まれ。日本大学芸術学部卒。ストップウォッチを用い、プロ・アマ合わせて年間300試合以上を取材。『大谷翔平――日本の野球を変えた二刀流』(廣済堂出版)、『「野球」の誕生』――球場・球跡でたどる日本野球の歴史』(草思社文庫)、『プロ野球 問題だらけの12球団』(草思社、2000年より毎年刊行)など著書多数。