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エスカレーターの片側空けは前世紀の遺物である

「乗り方改革」で妖怪「いそがし」を退治しよう

斗鬼正一 江戸川大学名誉教授

拡大地下鉄千代田線の新御茶ノ水駅に1969年できた長さ41メートルのエスカレーター。右側を空けて立つ習慣は、89年頃からこの駅で自然発生的に始まったといわれるが、この写真が撮影された84年にはまだ両側に立つのが普通だった

「やめられない、止まらない」エスカレーター片側空け

 この夏も、全国の鉄道、空港、商業施設などが協力して、エスカレーターの安全利用キャンペーンが展開されています。首都圏ではJR東日本も昨年から係員が呼びかけるなど本格的に乗り出しましたが、これまでは一部に反発も根強いためか「手すりにつかまって」といった控えめな表現にとどまり、「歩かず」、「2列で」という呼びかけはあまり見られませんでした。しかし今年はキャッチフレーズも「エスカレーター乗り方改革」。いよいよ本腰を入れた片側空けやめようキャンペーンになりそうです。

 こうしたキャンペーンの主眼は、障がい者、高齢者、子ども連れ、左右どちらかしか立てない人、無言で横をすり抜ける人との接触を恐れる人などへの配慮ですが、やはり何より重要なのは事故防止です。あまり知られていませんが、何しろ2017年の東京消防庁管内だけでエスカレーター事故の救急搬送が1396人なのですから深刻です。さらには片側だけ大渋滞、長蛇の列というおかしな光景も日常的に見られます。

 そこで「歩かないで」というわけですが、そもそもエスカレーターは歩くように作られていません。故障の原因になる云々以前に、建築基準法で歩くことを想定しない規格になっているのです。例えばステップの幅は、140センチ以上とされる階段と異なり、110センチ以下と定められていますが、これは必ずベルトにつかまれるようにするためで、片側を歩けるような幅ではありません。ステップの高さも18センチ以下などとされる階段と異なり、制限はなく、通例20センチ以上ありますし、形状も角が張り出していますから、歩くとつまずく危険性があります。これも、乗る時、降りる時には段差は無いわけですから当然で、要するに歩くことを想定していませんから、歩きたい人は歩き、止まりたい人は止まればいい、という棲み分けは現状では無理なのです。

 さらに、エスカレーターは階段と違って急停止することがありますから、障がい者、高齢者でなくとも、ベルトにつかまらないと危険です。つまりエスカレーターは階段とは似て非なるもの。ですからエスカレーターの取説(取扱説明書)は、歩かずベルトにつかまる、となっているのです。

 ところが実際は、取説無視の片側空けという困ったマナーが広がってしまい、「歩かないで」、「ベルトにつかまり2列で」と十数年も呼びかけてきた名古屋、福岡の地下鉄でも、とにかく急ぎたいという「おいそが氏」から、他人と並ぶのは嫌、ベルトにつかまるのは気持ち悪いなどというきれい好き(?)までいて、おまけに同調圧力に弱い日本人、なかなか「やめられない、止まらない」。それどころか「東京の良いマナー」を見習おうとばかりに、今や人影まばらな地方の小駅にまで広がってしまったのです。

 取説無視で、効率悪く、弱者に無配慮、事故やけが人続出となれば、やめて当然の旧弊ではありますが、この片側空け、単なる日常身の回りのマナーでありながら、背景までも探索すれば、日本人の働き方、生き方から、社会のありようまでも見えてくる、そして新たな道まで考えさせる、実に奥深い問題でもあるのです。

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筆者

斗鬼正一

斗鬼正一(とき・まさかず) 江戸川大学名誉教授

1950年鎌倉生まれ。文化人類学者。専門は都市人類学、地域研究。著書に『目からウロコの文化人類学入門―人間探検ガイドブック』(ミネルヴァ書房)、『頭が良くなる文化人類学 「人・社会・自分」──人類最大の謎を探検する』(光文社新書)など。