「乗り方改革」で妖怪「いそがし」を退治しよう
2019年08月15日
この夏も、全国の鉄道、空港、商業施設などが協力して、エスカレーターの安全利用キャンペーンが展開されています。首都圏ではJR東日本も昨年から係員が呼びかけるなど本格的に乗り出しましたが、これまでは一部に反発も根強いためか「手すりにつかまって」といった控えめな表現にとどまり、「歩かず」、「2列で」という呼びかけはあまり見られませんでした。しかし今年はキャッチフレーズも「エスカレーター乗り方改革」。いよいよ本腰を入れた片側空けやめようキャンペーンになりそうです。
こうしたキャンペーンの主眼は、障がい者、高齢者、子ども連れ、左右どちらかしか立てない人、無言で横をすり抜ける人との接触を恐れる人などへの配慮ですが、やはり何より重要なのは事故防止です。あまり知られていませんが、何しろ2017年の東京消防庁管内だけでエスカレーター事故の救急搬送が1396人なのですから深刻です。さらには片側だけ大渋滞、長蛇の列というおかしな光景も日常的に見られます。
そこで「歩かないで」というわけですが、そもそもエスカレーターは歩くように作られていません。故障の原因になる云々以前に、建築基準法で歩くことを想定しない規格になっているのです。例えばステップの幅は、140センチ以上とされる階段と異なり、110センチ以下と定められていますが、これは必ずベルトにつかまれるようにするためで、片側を歩けるような幅ではありません。ステップの高さも18センチ以下などとされる階段と異なり、制限はなく、通例20センチ以上ありますし、形状も角が張り出していますから、歩くとつまずく危険性があります。これも、乗る時、降りる時には段差は無いわけですから当然で、要するに歩くことを想定していませんから、歩きたい人は歩き、止まりたい人は止まればいい、という棲み分けは現状では無理なのです。
さらに、エスカレーターは階段と違って急停止することがありますから、障がい者、高齢者でなくとも、ベルトにつかまらないと危険です。つまりエスカレーターは階段とは似て非なるもの。ですからエスカレーターの取説(取扱説明書)は、歩かずベルトにつかまる、となっているのです。
ところが実際は、取説無視の片側空けという困ったマナーが広がってしまい、「歩かないで」、「ベルトにつかまり2列で」と十数年も呼びかけてきた名古屋、福岡の地下鉄でも、とにかく急ぎたいという「おいそが氏」から、他人と並ぶのは嫌、ベルトにつかまるのは気持ち悪いなどというきれい好き(?)までいて、おまけに同調圧力に弱い日本人、なかなか「やめられない、止まらない」。それどころか「東京の良いマナー」を見習おうとばかりに、今や人影まばらな地方の小駅にまで広がってしまったのです。
取説無視で、効率悪く、弱者に無配慮、事故やけが人続出となれば、やめて当然の旧弊ではありますが、この片側空け、単なる日常身の回りのマナーでありながら、背景までも探索すれば、日本人の働き方、生き方から、社会のありようまでも見えてくる、そして新たな道まで考えさせる、実に奥深い問題でもあるのです。
1900年、世紀末のパリで第5回万国博覧会、第2回オリンピック大会が開催されました。その際初めて世界に向けてお披露目されたのがエスカレーターです。
その頃のエスカレーターは、博覧会と同様に、世界の風景、物産を眺め渡す仕掛けである遊園地やデパートに設置され、人々は立っているだけで重力に抗して上れるラクチンさ、世界のパノラマを高みから眺め渡す視線の贅沢さに感嘆したのです。
さらには欧米でも日本でも駅に設置され、やはり楽に上る道具として使われていたのですが、1944年頃ロンドンの地下鉄で急ぐ人を優先するために右に立つ片側空けが呼びかけられました。これが欧米で今に続く右立ち左空けのきっかけなのですが、1944年頃といえば第二次世界大戦中。人も物も精神も、すべてを戦争遂行に動員する総力戦で、エスカレーターも輸送効率向上という国家目標の下「一糸乱れず」、文字通りの「右へ倣え」とされたのです。つまり、片側空けは上から与えられたマナーであり、楽に、楽しく上る道具のはずのエスカレーターが、急ぐための道具に変わってしまった背景には、「挙国一致」で効率最優先という戦時の国家目標があったのです。
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