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東京五輪マラソン代表決定戦MGCまであと1カ月

最後の調整‘夏の陣’も熾烈な争いに

増島みどり スポーツライター

会見後、記念撮影するMGC出場選手の神野大地(左から2人目)、左はゲストの野口みずきさん、日本陸連・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーの瀬古利彦さん(同3人目)、ゲストの高橋尚子さん(右)=2019年6月3日、東京都港区

 7月最後の日曜日となった28日、釧路市内の気温は7月の観測史上最高気温となる31.4度に達した。例年、心地よい天候で行われるはずの「釧路湿原マラソン」30㌔部門では、気温はもちろん、別の「熱い」レースも繰り広げられていた。

 9月に行われるドーハ世界陸上マラソン代表の川内優輝(32=あいおいニッセイ同和損保)は現在、釧路市内に長期滞在をしながら合宿中で、毎年参加する同レースにゲストランナーとして出場。いつもなら独走となるのだが、今年は昨年のアジア大会で4位に入った園田隼(そのだ・はやと、30=黒崎播磨)とスタートからデットヒートとなる初のレース展開となった。

 「試合前日にプログラムを確認したら、園田君が出るとわかってビックリです。アジア大会の銅メダリスト(川内は2014年に獲得)と4位が並んで走っている30㌔なんてそうはないですからね」

 川内は、高温多湿、まさにドーハの気候を想定するかのような条件下で、園田に38秒差の1時間37分42秒の1位に。本番をにらんだ好レースへの手応えを、早口でそう表現する。園田もまた、ターゲットにするレースを想定してこのレースを走っていた。9月15日、東京オリンピック代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ」(略称MGC、明治神宮外苑いちょう並木発着、男子は8時50分、女子は9時10分スタート)に向けて北海道各地で合宿、転戦をし、東京を走り切れる「足作り」を仕上げているところだ。共に、高温が予想される本番をにらんだレースは、残り2㌔、川内の仕掛けで決まり、ゴールした川内からは園田に「きょうは仮想MGCで、自分が出場ランナーだったら・・」と声がかかった。

 残り2㌔は、MGCでいえば最難関ともいえる四谷からの上り坂にあたる。2時間9分34秒がベストタイムの園田に「もっと早くから自分で仕掛けなければ、佐藤君(悠基=日清食品)、大迫君(傑=ナイキ)のスピードランナーに逃げられる」と、MGCを辞退し世界陸上を選んだ川内から貴重なアドバイスが送られる。経験の引き出しは誰にも負けないほど豊富な元・公務員ランナーからの助言に、園田は聞き入っていた。

 園田だけではなく、MGCに出場するほとんどの選手たちが、これまで経験のない9月のマラソン、しかも五輪代表がかかったビッグレースを目指し、比較的涼しい北海道を拠点に合宿を行っている。7月は、「釧路湿原マラソン」、「士別ハーフ」、ほか、道内のレースにMGCを狙うランナーが集結し、8月18日の「ねむろシーサイドマラソン」でMGCをにらむ「夏の陣」は一区切りとなる。

日本マラソン史上初の、ほぼ一本化選考レースの試みは成功するか

 かつて1988年のソウル五輪を前に、日本の男子マラソンは世界を席巻し、瀬古利彦、中山竹通、宗兄弟、谷口浩美らそうそうたるサムライたちが顔を揃えた。87年の福岡国際マラソンには瀬古、中山ら有力全選手が出場を表明し、事実上の選考一本化レース(日本陸連の理事会では一本化の決定はされていなかった)として、ファンも注目するビッグレースとなる。しかし、瀬古が駅伝で足首を痛めて欠場。以後、男子は国内で行われる福岡、「東京」、「びわ湖」と五輪前年の世界陸上、女子も世界陸上を含む「東京」(後に横浜、埼玉に変更)、「大阪」、「名古屋」と4レースが五輪選考レースに指定されたが、3人の代表を4レースで選出するため、マラソン代表選考のたびに成績か記録かの基準を巡って日本陸連が批判を浴びてきた経緯がある。

 こうした長年の宿題を解決するひとつの手段が、初めて実施にこぎつけた今回のMGCだ。MGC出場権をかけた各レースに設定タイム、順位を定め、これを満たせば9月のMGC本大会に出場できる。ほかにも

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