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「星野君の二塁打」から考える学校体育の息苦しさ

抑圧と屈従の中で競争させられ、「気持ちよさ」を排除させられていませんか?

吉岡友治 著述家

運動の本質とは何か?

 運動の本質は、本来、身体を動かす楽しさだろう。水泳でも、最初はどんなに水に入るのがおっくうでも、泳いでいる内にだんだん身体がほぐれてくる。500mを超すあたりから手を動かすのが楽になり、水と自分が一体化するように感じられる瞬間が訪れる。泳ぎ終わるときには、血液が体中を巡ってあたたかい感じがする。そうなるのが分かっているから、多少気持ちが乗らなくても泳ぎ出すことにしている。私にとって、運動とは自分の身体の状態に気づき、自分の「心地よさ」を基準にして、身体と対話することである。

 だが、体育にも運動部にも、そういう「自己への配慮」の姿勢は微塵も存在しない。あるのは、外との競争と序列付け、命令と服従、組織への忠誠と空虚な精神論に明け暮れる時間だ。対価として得るものは、屈辱感と劣等感をバネにした人間関係。そんな中でも、運動の快感を見出す人がいるのかもしれないが、私の場合は不快感が圧倒的に上回る。挙げ句の果てに、その不快感を乗り越えることが「運動」の意義として称揚される。その意味で、学校体育とは、倒錯の極み、頽廃の極みなのである。

 だから、私は、未だに「高校野球」を素直に楽しむことができない。たしかに、TVの画面に出てくる球児たちは、運動に長け、運動を楽しんでいるのかもしれない。しかし、そこに至るまでに、いったい何人の人間が「ダメな奴」として烙印を押され、顧問や先輩から罵倒され、グラウンドの整備ばかりやらされ、屈辱感を忍んできたのか、とつい想像してしまうのだ。

野口君の二塁打拡大イメージ写真 mTaira/shutterstock.com

野口体操との出会い

 こういう体育と運動の呪縛から解放されたのは、大人になって「野口体操」と出会ってからだった。そのおかげで、それまでの運動観が根底から変えられたのだ。「野口体操」とは、東京芸大の体操教師野口三千三が創始した体操で、別名「ぶらぶら体操」とも言われる。彼は、人間の身体とは「皮の袋の中に血が入っていて、その中に内臓も骨も浮かんでいる」状態だと言う。だから、その皮袋をほぐして適切に調整すれば、より自由な運動の可能性を手にすることができるというのだ。

 だから、彼の体操は、身体を丁寧にほぐすところから始める。たとえば「ぶら下がり」は、肩幅に足を開いて立って、そこから上体を前に倒して、宙ぶらりんの状態にし、地球の中心に向かう自分の重力を実感する運動だ。脚にかかる体重を右左と少し変化させると、上体はゆらゆらにょろにょろと動きだす。身体=皮袋のイメージをもってさらに揺すると、その動きは千変万化。人間より、むしろスライムに似ているかもしれない。「ぶらぶら体操」と言われる所以である。

野口君の二塁打拡大野口体操:上体をぶら下げて重さの方向を探る

運動とは「重さに聞く」こと

 彼に言わせると、運動とは、意志を持って身体を動かすことではない。むしろ「重さに聞く」ことだという。我々は重さを持って地球の中心に向かって引きつけられている。その重さの方向を理解して、それに合わせた動きをすれば、「いい運動」であるし、「気持ちよさ」も得られる、と言う。私たちが立っていることも、その「重さ」に従っているから、無理なく立てているのだという。

 その理屈から言えば、逆立ちも両手を踏ん張って、重力に逆らって身体をそらして体重を支える運動ではない。むしろ、それは、立つことのひっくり返しである。だから、重力にしたがって、手の上に頭の重さを流し込み、その上に胴体の重さを預け、さらに脚の重さをその上にそっと乗せる。我々が幼少期に、立とうとして少しずつバランスを見つけていったように、自分の重さの中心を感じてその流れに従って身体をまかせればいいのだ。逆立ちとは、そのバランスを見つけていくことが本質である。ただ、手は脚に比べて弱いから持続的に自立するのが難しい。だから、介添えにちょっと支えて助けてもらえばよい、というのである。

 重力の方向さえ分かれば、支えるのにたいして力がいらない。介添えがそっと手を添えるだけでも立っていられる。何なら壁にちょっと支えてもらっても良いし、その支えがほんの一点でも良い。壁面に足先の一部が触るだけでも「立って」いられる。このように、重力の方向を丁寧に探ることができれば、「えいやっ」と力む必要はない。力を入れなくても、正座した姿勢からでも、楽に逆立ちができるのである。

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筆者

吉岡友治

吉岡友治(よしおか・ゆうじ) 著述家

東京大学文学部社会学科卒。シカゴ大学修士課程修了。演劇研究所演出スタッフを経て、代々木ゼミナール・駿台予備学校・大学などの講師をつとめる。現在はインターネット添削講座「vocabow小論術」校長。高校・大学・大学院・企業などで論文指導を行う。『社会人入試の小論文 思考のメソッドとまとめ方』『シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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