都市再開発で追われる人々
2019年08月26日
東京五輪の開催まで1年を切った。
観戦チケットの抽選には応募が殺到したが、アスリートや観客・ボランティアの熱中症対策、お台場海浜公園の水質・水温問題、新国立競技場や有明アリーナの建設現場での労働環境の問題、建築用の木材調達で熱帯林が破壊されているとNGOから指摘されている問題など、課題は山積である。
今年7月には米国の元五輪サッカー代表選手で、パシフィック大学教授のジュールズ・ボイコフさん(『オリンピック秘史~120年の覇権と利権』著者)と、2028年のロサンゼルス五輪開催に反対している市民グループ「NolinpicLA」のメンバーが来日。7月23日には東京で五輪反対運動を続ける「反五輪の会」のいちむらみさこさんとともに外国人特派員協会で記者会見を行って、東京大会の中止を訴えた。
私も熱中症対策に決定打が存在しない以上、五輪よりも人命を守ることを優先すべきだと考える。
記者会見でも指摘されていたが、私たちホームレス支援団体の関係者が最も懸念しているのは、東京五輪の影響で路上生活者が都市空間から排除されることだ。
大規模イベントに直接・間接に関連づける形で都市の再開発が進められ、その影響により路上生活者のテントや段ボールハウスが撤去されるというのは、1990年代以降、国内各地で繰り返されてきたことである。
ここ数年、「Tokyo2020」に向けて、東京の街は様変わりしつつある。
この4公園整備計画の中心となっているのは、池袋西口公園に野外劇場「グローバルリング」を作るというプロジェクトである。東京芸術劇場に隣接する広場を「常設・仮設ステージと大型ビジョンを駆使し、地元イベント、パブリックビューイングからフルオーケストラまで多様な用途に対応」できる劇場空間に転換するという内容だ。
そして、池袋西口公園再開発の起爆剤として期待されたのが、音楽イベント「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2018」(2018年5月3日~5日)である。
当時、池袋西口公園には数名の路上生活者が暮らしていた。
2018年7月17日、豊島区議会の豊島副都心開発調査特別委員会で、高野之夫区長は言葉を慎重に選びながらも、以下のような表現で路上生活者を追い出したことを事実上、認めている。
「今回の公園の大改修にかけては、発言がありましたけれども、ホームレスの問題、これらについても、なかなか人権の問題、あるいは人に迷惑をかけていないとか、いろんな課題があって、なかなか排除というのは難しいということで、ずっとできなかった」
「急遽、ラ・フォル・ジュルネの前の日に、警察当局をはじめ、地元の方々、それらを含めて、ここにやはりお住みになるのは違法でありますというような形の中で、手続きをとりながら、(中略)この機会に、やはり池袋の駅前の顔ですから、それは無理を言ってでも変えていかなければいけないということで、当局等々も含めて、地元の方も本当に大勢参加して、このような形をとらせていただいて、それから多少見受けられますけれども、前から比べると、ずっと変わってきていますよね。粘り強く、これも警察当局とやっておりますけれども、やはり、この西口公園は、池袋に来る方々のまず第一印象のところでありますので、これは、そういう面で進めていきたいと思っております」
また、同日の同じ委員会で、豊島区の公園計画特命担当課長は、今後、池袋西口公園をホームレス対策として夜間閉鎖することを検討していると答弁している。
池袋西口公園にいた路上生活者はどこに行ったのだろうか。長年、池袋で路上生活者支援を続けているNPO法人TENOHASI事務局長の清野賢司さんにうかがった。
清野さんによると、池袋西口公園にはかつて10人以上の路上生活者が寝泊まりをしていたという。昨年5月の時点でも数人が野宿をしていて、その中核は5人のグループだったとのことだ。
「去年のゴールデンウィークの時、区長や公園緑地課長が警察と一緒に来て、突然、出ていけと言われたそうです。池袋警察署に全部、荷物を運ばれて、後で取りに行ったら、いちいちチェックされて、ごちゃごちゃ言われて返された、という話を夜回りの時に聞きました」
「私たちが公園緑地課に問い合わせたところ、『すぐに閉鎖はしない。地元の商店街から、都知事も来るような大きなイベントが西口公園であるのにホームレスがいて困る、という苦情が出たので、警察と一緒に行って、荷物をどかせてもらった』、『また近々、イベントがあるので、その時はいったん外に出てもらいたい』と言われました。完全排除ではないというので、いったんは安心しましたが、秋には野外劇場建設のためにフェンスが建てられ、公園から排除されることは目に見えているので、野宿をしている人たちと話し合いをしました」
NPO法人TENOHASIでは、都内の他団体とともにアパートの空き室を活用した個室シェルターの整備を進めている。清野さんが5人グループに対し、プライバシーの保たれた個室の部屋に入居して、そこで生活保護を申請するという方法があると提案したら、全員、乗り気になったそうだ。
そこで、個室シェルターの空きが出るたびに順次、入居していただき、今年1月までに5人全員が路上生活から抜け出すことができた。そして現在では、全員が自分名義のアパートに移って、地域で生活をしている。
この間、区の福祉事務所は何をしていたのだろうか。2002年に制定されたホームレス自立支援法では、第11条で行政が公園などの公共空間の「適正な利用を確保する」際、福祉部門と連携をしなければならないと定めている。
昨年のゴールデンウィークの排除の際には、豊島区の福祉事務所の管理職も来て、そこに野宿をしている人たちに生活保護を受けることを勧めたようである。しかし、豊島区ではホームレスの人たちが生活保護を申請した際、「やまて寮」という20人部屋の民間施設を紹介するのが常になっている。「やまて寮」の居住環境についての悪評を聞いたことがある当事者たちは全員、この提案を拒否したそうだ。
清野さんは池袋西口公園に限らず、福祉事務所が公園等の路上生活者に積極的に声かけをすることはほとんど聞いたことがないと言う。
「唯一の例外が、長年、池袋の駅構内にいた女性です。体調が悪化してどんどん衰弱したので、私たちもずっと声かけを続けていましたが、なかなか支援につながりませんでした。この方には福祉事務所の職員が声をかけて、亡くなる一歩手前で救急搬送をして、病院につなげてくれました。この女性については、市民から何とかしてほしいという通報がかなりあったので、行政が動いたのでしょう」
「オリンピックとどこまで関連があるか、わかりませんが、池袋駅の構内は年々、警備が厳しくなって、野宿できなくなっています。駅周辺のあるビルでは、長年、警備員と野宿の人との間に紳士協定が結ばれていて、『ちゃんと片づけたら、夜は寝ていいよ』ということになっていたのですが、ビルのリニューアルに伴い、いられなくなりました。警備の人たちは『俺たちはいいんだけど、上が…』と言っていたそうです。そこにいた人たちは別のビルの前に移動しましたが、そこも追い出されるのは時間の問題です」
NPO法人TENOHASIの支援活動により、池袋周辺で野宿をしている人の数は、6年前の約100人から半減しているが、残された人たちが野宿できる場所は減る一方である。都内の他のターミナル駅周辺も同じような状況である。
五輪が契機となって路上生活者が排除されるという現象は、世界各国で発生している。都市工学の研究者や学生が中心となり、ホームレス問題に関する研究・アドボカシー活動(政策提言)を行っている市民団体「ARCH (Advocacy and Research Centre for Homelessness)」の共同代表である河西奈緒さん(東京工業大学環境・社会理工学院研究員)に各国の状況についてうかがった。
「東京オリンピックの開催が決定したとき、私たちの研究チームは偶然にも、過去のオリンピック開催都市であるシドニーとロンドンのホームレス政策を研究しており、オリンピック時に何が起きたかを知っていました」
「1996年のアトランタオリンピックにおいては、多くの旅行者が訪れる都心部にいたホームレスの人々にバスの片道チケットを渡して、都市の外に送り出したり、路上で横になることや荷物を置くことを禁止したりするといったホームレスの人々を狙い撃ちにした条例を制定して逮捕・収容するなど、かなりひどいことがおこなわれました」
このアトランタ大会の反省のもと、
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