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吉本興業と世界のバレエ

「舞台に立つ人」が守られない日本の現実

菘あつこ フリージャーナリスト

整った年金制度、怪我でも維持される雇用

 またバレエの例に戻るが、アメリカ以外の国についても聞いてみた。ロシア、アメリカ、ドイツといくつかの主要バレエ団を移籍してきた女性ダンサーは「労働環境が一番良かったのはドイツ」と話す。「社会保障、お給料制度、全てが公務員のような形で守られています」と。私がドイツのバレエ団を取材させていただいた時も思ったが、ドイツの州立や市立のバレエ団のダンサーというのは、基本的に毎日劇場に出勤する公務員なのだ。本番のない日も、休日以外は毎日、踊れる身体を作り、リハーサルをする。

 ちなみに、アメリカのバレエ団は、夏休みなどの長期休暇が長いなど上演シーズンが短いところでは働いている期間が半年に満たないバレエ団もあり、働いていない期間のギャランティーは出ない。だが、自分で申請するとアンエンプロイドメント制度という失業に関する制度を利用することができるという。

 ドイツでも休憩についてなどは細かく決められていて、また別の、現在、ドイツで働く若手男性ダンサーに聞くと「労働時間をきちんと計る担当の人がいて、時間になったら、途中でもリハーサルを中止させられるんです」ということ。アーティストは、ついつい、時間を掛けてでも良い表現を追求したくなりがちかもしれないが、ズルズルと長くリハーサルをしたからといって、良い舞台になるかどうかは微妙だ。きちんと切り替えて休養を取った方が、次に、質の高いリハーサル時間を過ごすもとになる可能性は高い。才能あるアーティスト達だからこそ、もっとも良い状態で仕事に取り組むべきという考え方が徹底しているように見える。

 加えて、ヨーロッパの国々は、国立や州立、市立などなら、ほぼ必ず、年金制度にも組み込まれている。日本人などの外国人でも、ある程度の年数働けば、その後、日本に帰ってきたとしても、働いた状況等に応じて、その国の年金を受け取ることができるのだ。

 そして、英国ロイヤル・バレエ団といった世界トップクラスのバレエ団のプリンシパルなら、日本の一流企業の同年代のエリート社員よりも年収は多いように見える。それぞれの具体的な年収は聞いてはいないけれど……。また、そんな彼ら彼女らが仮に怪我をして、手術などで1年以上舞台に立てないような状況になっても、雇用された状態のまま、バレエ団内でリハビリをして、復帰を目指すことができる。そこにいるスタッフは、バレエを知り尽くした専門家なので、その時にできる最も適切な方向でリハビリが進む可能性が高い。

 そんな労働環境は、日本のバレエダンサーたちには、今は望めない……。日本トップのバレエ団でも難しいように見える。

 せめて、トップクラスのバレエ団だけでも、なんとかしないといけないのではないだろうか? 今、日本のトップクラスのバレエ団のプリンシパルなど主要ダンサーは、欧米のカンパニーに移籍したとしても、同様に重要な役割を担う人材だと感じる人が多々いる。才能のあるダンサーは海外にどんどん出ていく……そのままで良いのだろうか?

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筆者

菘あつこ

菘あつこ(すずな・あつこ) フリージャーナリスト

立命館大学産業社会学部卒業。朝日新聞(大阪本社版)、神戸新聞、バレエ専門誌「SWAN MAGAZINE」などに舞踊評やバレエ・ダンス関連記事を中心に執筆、雑誌に社会・文化に関する記事を掲載。文化庁の各事業(芸術祭・アートマネジメント重点支援事業・国際芸術交流支援事業など)、兵庫県芸術奨励賞、芦屋市文化振興審議会等行政の各委員や講師も歴任。著書に『ココロとカラダに効くバレエ』。

 

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