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介護の怒りをやり過ごすテクニック

怒りのピークは数秒。反射的な言動をせずにやり過ごすテクニックを準備しよう。

田辺有理子 横浜市立大学医学部看護学科講師、日本アンガーマネジメント協会トレーニングプロフェッショナル

 「アンガーマネジメントは、怒りやイライラなど自分の感情に気づき、うまく対応していくためのトレーニング」という筆者の田辺有理子さん。シリーズ「高齢者虐待防止×アンガーマネジメント」の3回目は、イラッとしたときどうすればいいのか、アドバイスしてもらいました。(「論座」編集部)

いけないとわかっているのに反射的に手をあげてしまう

 私は、高齢者虐待を防止するために活用してほしいと思い、医療職や介護職向けにアンガーマネジメントを紹介している。アンガーマネジメントは、怒りやイライラなど自分の感情に気づき、うまく対応していくためのトレーニングだ。「怒り」は誰にでもある自然な感情だが、暴力や攻撃という形で表出してしまう危険性がある。虐待が発生する要因の一部をアンガーマネジメントの観点から分析してみたい。

 例えば、介護の場面でこんなことがある。認知症で忘れてしまったのだとわかっていても、同じことを何度も言われたらイラっとして、つい怒鳴ってしまった。入浴をすすめても抵抗されて、カッとなった勢いで強引に服を脱がそうとしてもみ合いになってしまった。「イラっとして、つい」「カッとなった勢いで」といった反射的な対応が、虐待の小さな芽になる。こうした反射的な対応が、身体的虐待や精神的虐待へと発展してしまう危険性がある。

アンガーマネジメント3イメージ写真 Prostock-studio/shutterstock.com

 虐待とはどういうものか、身体的虐待、精神的虐待、性的虐待、経済的虐待、介護・世話の放棄・放任。どれもやってはいけない行為だとわかっているのに、気づいたら虐待になっていたという場合がある。虐待を防止するためには、人権啓発や虐待の対応などの知識の教育と並行して、介護者のストレスケアやアンガーマネジメントなどを併せて取り入れるのが有効だ。

 いけないとわかっているのに「つい」という状況で、不適切な言動を防ぐための方法を介護者自身が身につけておくことが肝要だ。

 介護場面で何かのきっかけで怒りが生じたとしても、そのピークはほんの数秒間のことだ。そこでこの数秒間を反射的な言動をせずにやり過ごすテクニックを準備しておく。数秒間で怒りが消えるわけではないが、自分が冷静さを取り戻すことができれば、勢いに任せた不適切な言動を防ぐことができる。

 怒りに火がついたときに数秒間をやり過ごすための方法を準備しておく。ほんのわずかな時間のことだから、その時に何かの道具がなくてもすぐにできることが良い。

自分で自分を落ち着かせる言葉を持とう

 誰かが怒っていたら、周りにいる人が「落ち着いて」「一息つこう」など、その人をクールダウンさせようと声をかけたりするだろう。介護の場面では自分がイラっとなっても相手と自分が1対1で、そうした声をかけてくれる人がいない。だから、心のなかで自分を落ち着かせる言葉を唱えてみる。

 「大丈夫だ」「落ち着こう」「冷静になろう」など、多くの人はいざという時にその場を収めるための言葉を持っているものだ。ところがカッとなった瞬間はそれが思い浮かばずに反射的に手が出てしまう場合がある。だから、怒っていない時に、自分にあった言葉を準備しておくと良い。

深呼吸をする

 すぐにできる対処として、何回か深呼吸をするというのも有効だ。意識してゆっくり呼吸することを何度か繰り返す、ただそれだけで落ち着くことがある。

数をかぞえる

 何か言われて、反射的に言い返しそうになったら「数をかぞえてみる」という方法もある。10まで数えるなど、決めておくだけで、「そうだ、10まで数えるのだったな」と思い出すことができる。

その場を離れる

 それでも冷静に対応できないと思ったら、一度その場を離れてしまうという方法もある。隣の部屋に行くとか、少しだけ外の空気を吸ってくるとか、短時間でも物理的に距離をとることでクールダウンできる。

 反射を防ぐための方法は他にもいろいろある。たぶん、誰もが何かしらやり過ごす方法をもっていると思う。その時にその方法を使って自分を落ち着かせることができるように意識しておく。はじめから、うまくできなくても気にしなくていい。繰り返していくうちに、時々成功するようになれば、しめたものだ。

不適切ケアの裏に介護者の疲れや体調不良があるかも

 虐待が発生しやすい介護者の要因として、介護疲れや介護者自身の病気、体調不良などが挙げられている。

 介護される側の要因として、身体機能の低下による介護負担の増大、認知症による混乱や周辺症状、コミュニケーションの行き違いなどが、介護者の負担もなる。ほかにも介護の分担や経済面の負担が増えるなど、家族内の関係性が変化することが虐待の引き金になることもある。介護によって家族以外の人間関係が疎遠になり社会的に孤立する場合もある。

アンガーマネジメント3イメージ写真 oneinchpunch/shutterstock.com

 介護が長期化していくにつれ介護者側の気持ちに余裕がなくなってくると、ささいなことにもイライラしやすくなる。ずっとイライラして、不適切なケアが続くと、いつしかそれが当たり前になってしまうのも危険だ。いけないと思ってもイライラすれば手荒な対応になったり、ネグレクト(介護放棄)しそうになったり、いけないことをしたと自分を責めて、それが介護者自身を追い詰めてしまう。

 介護者自身が、疲れがたまってきた、気持ちに余裕がなくなってきた、怒りっぽくなっている、などと自分の状態をモニタリングしていくことも大事だ。必要に応じて、リフレッシュする、休息をとる、誰かに相談するなどの対処をとるようにする。限界に達してからでは、気づいたときには自分で対処することができなくなっている。

 心身の健康を崩してしまう前に、対応することが重要だ。イライラしがちだと自覚したときの対応も事前に準備しておくと活用しやすくなる。

介護から解放される時間をつくる

 介護職が休暇をとって、数日間仕事から離れることができるように、家族が介護に疲れたら、家族にも休息が必要だ。デイサービスやショートステイなどの積極的な活用が推奨される。デイサービスやショートステイは、要介護者のためのサービスであるだけでなく、介護者の負担を軽減するためのレスパイトケアのサービスでもある。冠婚葬祭や仕事の出張、介護者自身の通院などだけでなく、介護者自身の休養や旅行など介護者のレスパイトのために活用できるサービスだ。

 ほかにも、友人と外食する、買い物に出かけるなど、短い時間でも気分転換できることもある。家を空けることができない状況だとしても、おいしいコーヒーをいれて一息つく、入浴の際に香りの良い入浴剤を使ってみるなど、がんばっている自分へのちょっとしたご褒美を作っておくという方法もあるだろう。なかには、掃除や料理などの家事に集中することが気分転換になるという人もいる。日ごろからやっていることのなかで、自分がリラックスできると感じられるものを意識してみると、何か思い浮かぶものがあるのではないだろうか。こうしなければならないと決まったものはないから、自分にあっているやり方を探してみると良いと思う。

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