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千葉の小児科医が台風15号と大停電から考えた事

政治・報道の初動の遅れにいら立ち。人々の関心を呼び覚ますメディア報道こそ

松永正訓 小児外科医・作家

自宅のすぐ隣の公園。3本の大木が根こそぎ倒れている=2019年9月9日(筆者撮影)

 私の自宅はJR千葉駅から車で30分くらいの住宅街の中にあります。そして自宅から千葉駅の方に向かって車を20分走らせると、私の働く小児クリニックがあります。今回の台風15号に伴う大停電を通じていろいろなことを考えました。そのことを綴ってみたいと思います。

風のうなりでほとんど眠れず

 9月8日(日)の朝日新聞の朝刊には「台風15号 今夜から関東接近」というニュースが社会面に載っています。しかし言ってみれば、報道の内容はそれだけに過ぎません。テレビのニュース番組を見ると、台風の予報円は千葉県(特に南部)を直撃すること、強烈な暴風が予測されることを報じていました。

 「暴風や高波、土砂災害、河川の増水に警戒してください」というのは、気象庁の常套句みたいなものですから、我が家では特別な災害対応の準備はしませんでした。ただし、飲み水・浴槽の水・保存食は元々十分にありました。

 その夜。暴風は凄(すさ)まじいものでした。ガラスが震動する音、風がうなりを上げる音で私たち家族はほとんど眠ることができませんでした。明け方に一瞬停電になったものの、私の家には大きな被害はありませんでした。

3カ所で倒木、信号停電も3カ所

 いつものように車に乗ってクリニックへ出かけると、途中で3カ所倒木がありました。幸い2車線だったために通行は可能でしたが、こんな被害は見た経験がありません。また信号の停電も3カ所ありました。

 そのうちの1カ所は、かなり交通量の激しい交差点です。私はたまたま流れに乗って交差点を難なく渡りましたが、これは大変なことになると直感しました。

月明かりのなか、停電で営業を取りやめたコンビニエンスストア=2019年9月10日午後8時7分
 クリニックは診療時間になっても患者はポツリポツリと来院するだけの状態です。お母さんに聞いてみると、クリニック近くの大きな交差点2カ所が停電し、大渋滞になっているとのことです。また、クリニックと同じ町内の広い地域で大規模停電が発生していることも聞きました。

 私のクリニックは生け垣の中の2メートルほどの樹木が大きく傾いたくらいで、深刻な被害はありませんでしたが、スタッフの中の1人の自宅は停電になっていました。千葉市でこれだけのダメージなのですから、房総半島南部は相当ひどいことになっているはずだと容易に想像がつきました。

メディアの報道に強い違和感

停電で信号がつかず、手信号で通行者を誘導する警察官=2019年9月11日午後6時33分、千葉市緑区
 ところが、ニュースが入ってきません。9日(月)の夜のニュースは、電車の計画運休が予定よりも再開が遅れているというものばかりです。テレビでは、千葉県で停電が起きていると簡単に触れられているだけでした。朝日新聞の9日(月)夕刊でも、「64万軒が停電になった」と1行報じられたのみです。

 10日(火)の朝にテレビニュースを見ると、隣国の法務大臣候補の政治家のスキャンダルについて特集を組んでいます。いや、いくら何でもこれは優先順位が違うのではと私は思いました。同日の朝日新聞朝刊も、①計画運休の再開が遅れていること、②成田空港で足止めになっている人が多数いること、③市原市でゴルフ練習場の鉄柱が倒壊し住宅が損壊したこと、が主に報じられています。停電については、全面復旧は11日以降、と小さく書かれていました。

 房総半島南部は緑濃い森林地帯です。こうした場所で大量の倒木があれば、電力の供給ルートに深刻なダメージがあることは、すぐに分かることです。家屋の損害も報道以上にもっと多いはずだし、電力の回復はそんなに容易ではないはずだと、私は報道の内容に強い違和感を感じました。

 また、この災害に対して、県はどう動いているのだろうかと強い疑問を持ちました。単に私の情報収集力が乏しいだけかもしれませんが、政治も報道も初動が遅れているといら立ちを覚えました。

子ども、高齢者、重病の人にストレス

 11日(水)は休診日だったので、我が家は自宅から一歩も出ませんでした。ガソリンを節約することと、保存食があと数日は保つことが確認できたからです。SNSを通じて、千葉市でもコンビニやスーパーの休業や品薄が報じられていましたので、無理して出かけても混雑に巻き込まれると思ったのです。

 電力が止まると水が止まり、物流が止まります。千葉市では防災無線が避難場所の案内や水の供給場所の案内を流していました。しかし房総南部では、防災無線が壊れた自治体もあったと聞きます。携帯電話の基地局もダウンしたと報じられていました。人によっては情報も止まっていたと言えます。

停電のため、非常灯をつけても暗いリビングで過ごす特養の入所者ら=2019年9月11日午後5時40分、千葉県君津市
 電力・水・物(食料)・情報がない状態で生きるのは、身体的にも精神的にも相当なストレスになります。こうしたストレスをまともに受けるのは、高齢者と子ども、そして重い病気(障害)の人です。

 千葉市のある総合病院では、停電が長引き、非常用電源も落ちてしまったため、人工呼吸器の患者はすべて他の病院に搬送したそうです。また備蓄の病院食も底を付き、患者にはアルファ米を出して食べてもらったと聞きます。エアコンの作動しない環境で、熱中症の危険があった入院患者は数知れないほどいたはずです。

疑問を感じた11日の内閣改造

 なお、11日(水)の最大のニュースは内閣改造でした。みなさんの大好きな小泉進次郎さんの環境相就任も大々的に報道されていました。しかし私には率直に言って、この日に内閣改造をやる必要があったのか、根本的に疑問でした。改造前の内閣でまず千葉県の大災害の全容をつかみ、復旧の手順を確認してから内閣改造でも十分に間に合うはずですし、そもそも内閣改造にデッドラインなんてありません。

 千葉県民は取り残されたような形です。自民党にだって千葉県選出の議員はたくさんいるはずなのに、その人たちは一体何をやっているのだろうかと疑問を感じました。

 12日(木)の朝から、風邪症状に発熱を伴ったお子さんが次々と受診しました。どの子も元気がありません。子どもは38度くらい発熱しても元気な顔をしているのですが、いつもと様子が違います。事情をお母さんに聞いてみると、尋ねた人はみな「自宅が停電している」と言います。停電生活が72時間を超えて、子どもたちは体力を消耗してしまっているのです。なかには車中泊をしている家族もいました。

 私にできることは、いつものように風邪薬を処方することだけです。励ましの言葉も大して役に立たないでしょう。大停電の前には開業医は無力だと痛感しました。

罪が重い東京電力の発表

森田健作知事(右端)に停電の長期化を謝罪する東京電力パワーグリッドの金子禎則社長(左端)ら=2019年9月14日、千葉県庁
 13日(金)になって、東京電力は電力復旧にまだかなり時間がかかり、特に房総半島南部では2週間という予定が示されました。私はこのニュースに接しても驚きはまったくありませんでした。しかし何の根拠もなく、「11日に復旧」と発表してしまった罪は重いと言えます。

 72時間と2週間以上では、停電に対する準備・心構えがまるで違ってきます。2018年の近畿地方への台風21号の際に、関西電力が停電復旧までの予測を出さなかったことへの批判があったことが理由という説もあります。もしそうだとしたら、こんないいかげんな対応はないと言わざるを得ません。

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