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[33]寿町の医師がカジノ誘致に反対する理由

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 8月22日、横浜市の林文子市長は記者会見において、横浜港の山下ふ頭にカジノを含む統合型リゾート(IR)を誘致する意向を表明した。

 林市長は2017年の市長選でIR誘致は「白紙」と述べていたが、その姿勢を一転させたことに市民は反発。同日、横浜市役所には誘致に反対する3つの市民団体のメンバーら約50人が集まり、市長室前で抗議文を読み上げた。

横浜市役所前での抗議活動の様子

 抗議活動を行った市民団体の一つ、「横浜へのカジノ誘致に反対する寿町介護福祉医療関係者と市民の会(KOTOBUKI ANTI-CASINO ACTION)」(略称・KACA)は、横浜市中区の寿町において生活困窮者への支援活動を続けてきた医療・福祉関係者らが今年3月に設立した団体である。

「労働者の町」から「福祉の町」へ

 JR石川町駅の近く、横浜中華街と線路を挟んだ場所に位置する寿町は、東京・山谷、大阪・釜ヶ崎と並ぶ「寄せ場」(日雇い労働の求人業者と求職者が集まる場所)として知られており、約60,000㎡の狭い地域に「ドヤ」と呼ばれる簡易旅館が約130軒建ち並んでいる。

 近年は、他地域の「寄せ場」同様、住民の高齢化が進み、「労働者の町」から「福祉の町」へと変貌を遂げている。

 なぜこの町の医療・福祉関係者からカジノ反対の声があがったのだろうか。KACAの中心メンバーの一人である精神科医の越智祥太さん(ことぶき共同診療所)にお話をうかがった。

日雇い労働者のため、敷居の低い診療所を開設

ことぶき共同診療所の診察室で語る越智祥太さん
 越智さんが勤めることぶき共同診療所は、1996年、元院長の田中俊夫さんが中心となり、「寿の住人に必要な医療サービスを提供する」という趣旨に賛同した市民から寄付を募って開設された。

 寿町で長年、医療・福祉分野の支援活動に取り組んできた田中俊夫さんは、当時、寿町の日雇い労働者にとって一般の医療機関への受診へのハードルが高く、治療中断も多いため、一般地域の人々に比べて、かなり若年で死を迎えてしまう人々が多いことに胸を痛めていた。そのため、「何とか医療をもっと身近な、隣の家に行くように気軽に掛かれるものにしていきたい」という思いから、敷居の低い診療所を開設したという。

 現在では、精神科、内科、整形外科の診療に加え、鍼灸院、精神科デイケアも併設されており、地元の介護事業所や訪問看護ステーション等とも連携をしながら、総合的な支援体制を作り上げている。

 越智祥太さんは大学時代から山谷地域の支援活動に関わり、1990年代後半から寿町に関わるようになった。

 「寿町は、三大寄せ場の一つですが、釜ヶ崎や山谷に比べると歴史は古くありません。横浜ではかつて桜木町の野毛地区に職安があり、木賃宿が並んでいました。ところが、横浜の玄関である桜木町に低賃金労働者が集まっているのは、見栄えが悪いということで、1956年に職安が人工的に移され、ドヤも移ってきて町が形成されました。作られたのが遅い分、集住しているのが特徴で、狭い地域に住民票のない人も含めると約6000人が暮らしています」

住民の9割が生活保護

 「現在では、高齢化のため住民の約9割が生活保護になっています。介護事業所、訪問看護ステーション、宅配の弁当屋さんも増えて、福祉の町になっています。住民は、単身男性がほとんどですが、女性も少しずつ増えてきました。他地域で受け入れ先が見つからなかった人たちが寿に来るという流れがあるからです」

 寿町では、昔から依存症の問題は深刻だったが、その傾向は時代とともに変化してきたという。

 「昔から依存症の方はたくさんいました。ただ、目立っていたのはアルコール依存症や薬物依存症の人。ギャンブル依存症もありましたが、当時はいろんな依存症を合併している人が多かったです、荒くれな感じの人で、お酒も飲むし、薬物もするし、ギャンブルもするというタイプですね」

30~40代の人たちのギャンブル問題が顕在化

 「ところが、2008年のリーマンショックの頃から状況が変わってきました。若い非正規労働者が失業して寿町にも来るようになったのです。その人たちの中には、工場で働いてきたものの、人付き合いが下手で、不況になると真っ先にクビを切られてしまう、というタイプの人が少なくありませんでした」

 「その頃から、30~40代の比較的若い人たちのギャンブル問題が顕在化してきました。彼らはギャンブルだけに依存していて、酒は飲まない、薬物もやりません。ギャンブルといっても、ほとんどの人がパチンコ、パチスロ、スロットといったマシンにはまっていて、それ以外の競馬、競輪、競艇、オートレース、宝くじ、totoで依存症になった人は極めてまれです。パチンコの人はパチンコだけ、パチスロの人はパチスロだけ、スロットの人はスロットだけ、というように3種類のうちの特定のどれかにのめり込んでいる人が多いという特徴があります」

 「マシンにのめり込むという特徴はアメリカと同じで、アメリカではスロットマシンがAI化して、収奪率の高いマシンがカジノの収益の中心になっていると聞きます。当事者の方に話を聞くと、ギャンブルマシンの前に座っていると、『ゾーン』と呼ばれる機械と自分が一体化したような感覚になるそうです。そうなると、勝ち負けはどうでもよくなり、どれだけ長く座っていられるかだけを考えるようになります。脳が変化して、ギャンブル以外のことに関心を持てなくなったり、喜びを感じなくなったりするのです」

「穴だらけ」の日本のカジノ規制

 政府や横浜市は、日本型IRには世界最高水準のカジノ規制があるので、ギャンブル依存症問題は深刻化しないと説明しているが、予定されている規制は「穴だらけだ」と越智さんは指摘する。

横浜市の記者会見資料より

 「国内の利用者のカジノ入場料は6000円と設定されていますが、これはディズニーランドの入園料の7400円より安い金額です。ちなみにシンガポールのカジノは、当初、8800円でしたが、その後、13200円に引き上げています。6000円という入場料は本当に抑えようとしている金額ではなく、本当に抑えるならば、数万~10万にすべきでしょう。また、週に3日まで、月に10日までの入場規制があるから問題ないと言いますが、カジノは24時間営業で、1度入場すると、24時間いられます。つまり、

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