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東電旧経営陣無罪判決、裁判所が犯した七つの大罪

海渡雄一 東電刑事裁判被害者代理人、弁護士

はじめに

 9月19日、東京電力の役員(旧経営陣)の刑事責任を問う裁判の判決で、東京地方裁判所刑事4部(永渕健一裁判長)は、勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3名被告人に対して、いずれも無罪とする判決を言い渡した。この事件の公判を通じて次のような事実が明らかになっていた。

 東電の土木グループが福島原発について、政府地震調査研究推進本部(推本)の長期評価(地震対策の前提とするために、ある地域に、どの程度の確率で、どのような地震が起きるかを予測した評価結果)に基づいて津波対策を講ずるべきことを、役員に進言した。しかし、役員は最終的に工事のコストと大規模な津波対策工事を始めると地元の自治体などから原子炉の停止を求められることを恐れ、対策を先送りにした。そして、問題の発覚を防ぐために津波計算の結果を隠匿して、国や県、専門家にも知らせなかった。そして、国や、自治体、専門家、他会社に対する根回し工作を展開した。

 東日本太平洋沖地震が発生し、予測していたのとほぼ同等の高さ約15メートルの津波が福島第一原発に襲来した。部下が進言していた対策を講じていれば、事故の発生は食い止められたと考えられる。このような経過の下で、部下の進言を握りつぶした役員たちの過失責任を問えるかが、この裁判の焦点であった。

 私は、これほどひどい判決を予想していなかった。この判決は司法の歴史に大きな汚点を残すことになる。「国の原子力行政に対する忖度判決だ」(検察官役の指定弁護士、石田省三郎氏の会見での発言)。原発事故を繰り返さないためには、判決をこのまま確定させてはいけない。指定弁護士には控訴をしてもらい、必ずや正義にかなった高裁判決を勝ち取りたいと考えている。

 この原稿をまとめている現段階(9月23日)では、判決全文が入手できていない。裁判所は判決要旨を報道機関や当事者に配布したが、これは法廷で読み上げられたものとは大幅に異なる簡易版だ。判決要旨は、我々が批判のポイントとしている重要な論点、裁判所にとっての弱点について、判決全文を大幅に省略し、判断の根拠をあいまいにしている。民事裁判の判決では判決言渡と同時に判決全文を公表することが求められている。

 刑事裁判の場合は、判決全文の公表がなされない場合もある。しかし、本件のように公的な評価と討論が必要とされる事件について、判決当日に判決全文が公表されないことは、公正な論評を困難にする。論告から9か月、弁論から6か月をかけて、判決全文が判決日に公表されないことは、この裁判所の怠慢か、そうでなければ自信のなさを端的に示しているように思われる。

東京電力の旧経営陣が強制起訴された裁判の判決で「不当判決」などと掲げる福島原発刑事訴訟支援団のメンバー20190919東京電力旧経営陣に対する無罪判決で、「不当判決」などと掲げて抗議する福島原発刑事訴訟支援団のメンバー=2019年9月19日

1 原発事故の深刻な被害に向き合わなかった罪

 この判決を聞いて最初に違和感を持つのは、判決の中で、双葉病院の避難の過程で起きた悲劇について「長時間の搬送や待機等を伴う避難を余儀なくさせた結果、搬送の過程又は搬送先において死亡させ」たという一言で片づけられていることである。

 指定弁護士が論告要旨の第2で詳述しているように、放射線防護具の調達ができなかったために避難活動の開始が遅れたこと、放射線スクリーニングを受けるために何のケアも受けられないでバスの中に長時間放置されたこと、3月15日の朝には、自衛隊の救助作業が、大量の放射性物質の漏洩のため病院の現場が高線量となり中途で打ち切られたことなど、原子力災害のもたらす悲惨な被害の状況について全く事実が認定されていない。

 被害の実情を明らかにするための病院スタッフへの尋問、自衛隊など避難に当たった公務員と遺族の調書朗読などによって、はじめて双葉病院事件の過酷な実態が明らかにされた。にもかかわらず、東京地裁刑事4部はこの被害関係の尋問速記録と調書については、損害賠償事件を審理する民事裁判所への文書送付を今も拒み続けている。そして、双葉病院の患者らの死亡の過程について判決の中で事実を認定しなかった。このことは、裁判所の人としての「品格」が問われている事実であり、死者とその遺族に対する冒とくでなくて何だろうか。このような姿勢からは、このような悲惨な災害を二度と引き起こさないという規範が導き出されるはずもなかった。被害の事実の徹底した軽視こそが、裁判所が犯した第一の大罪である。

2 原発について万が一の事故を防ぐ高い安全性が求められることを否定した罪

 判決は、結論において、「自然現象に起因する重大事故の可能性が一応の科学的根拠をもって示された以上、何よりも安全性確保を最優先し、事故発生の可能性がゼロないし限りなくゼロに近くなるように、必要な結果回避措置を直ちに講じるということも、社会の選択肢として考えられないわけではない」としつつ、「当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制やそれを受けた国の指針、審査基準等の在り方は、上記のような絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかったとみざるを得ない」と判断した。推本の長期評価は、一般防災のために参考とすべきデータを政府機関がまとめたものである。にもかかわらず、一般防災よりも格段に高いレベルが求められる原発の安全性の確保のために、推本の長期評価を参考とすべきことを事実上否定した。

 原発訴訟のリーディング・ケースである伊方原発訴訟の最高裁判決(1992)は原子炉施設の安全性が確保されないときはこのような従業員や周辺住民の生命に重大な危害を及ぼし、環境を汚染し深刻な災害を引き起こすおそれがあり、このような災害が万が一にも起こらないように原発の安全性を確保しなければならないとしていたのに、この判決はこれを否定したといえる。原発に求められる安全性のレベルを大きく切り下げたことが裁判所の犯した第2の罪である。

勝俣恒久・元会長無罪判決を受けた勝俣恒久・元東京電力会長

3 指定弁護士の意見を捻じ曲げ、停止以外の結果回避措置は、検討の対象から外した罪

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