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福島第一原発の「水」問題は本当に八方塞がりか

ステークホルダーを交えた本当の協議はまだ尽くされていない

安東量子 NPO法人福島ダイアログ理事長

溜め続けるほど厄介になることはわかっていた

 原田義昭元環境大臣の退任時の「海洋放出するしかない」との唐突にも聞こえる発言をきっかけに、東京電力福島第一原子力発電所構内のタンクに溜められ続けている「水」が注目を集めることになった。続く松井一郎大阪市長の「大阪湾で放出を行ってもよい」との発言も大きな話題となり、波紋は今も広がっている。だが、この一連の流れについて、戸惑いを覚えているのは私だけではないだろう。

小泉進次郞氏に引き継ぎを終えた原田義昭・前環境大臣=2019年9月12日、東京都千代田区

 原田義昭元環境大臣の発言に端を発した動きについて、私が戸惑いを覚えている理由から書いてみたい。まず、「水」問題は、今にはじまったことではない、ということ、これが最大の理由だ。というよりも、東京電力福島第一原子力発電所事故が起きて以来、ずっと水との戦いであったと言ってもいい。NHKの原発事故後のニュースをアーカイブサイト「40年後の未来へ福島第一原発のいま」で確認してみると、2011年4〜6月のニュースの見出しの半数近くが「水」関連のニュースで占められている。

 これは、冷却機能が失われた原子炉を冷やすために、緊急的な放水などを行う必要があったためである。事故直後の東京消防庁のハイパーレスキュー隊の高所放水車による放水作業をご記憶の方も多いだろう。その後、安定を取り戻すにつれ、水は「垂れ流し」の状態ではなくなり、急造されたタンクに蓄えられることになった。2013年には冷却に用いた水から放射性物質を取り除く多核種除去装置(ALPS)が稼働し、時折小さなトラブルは発生しながらも、「水」は安定的に管理ができるようになった。そして、ニュースとして報じられる機会は激減した。

 ただ、報道が消えた後も、「水」は構内のタンクに蓄えられ続けており、敷地が無限でない以上、その後の処分方法を決めなくてはならないということは、状況を多少なりとも知っている人間ならば誰でも知っていたことであった。

 福島第一原発の「水」は、冷却用に使用されたものだけではなく、もうひとつ発生ルートがある。それは地下水からの流入である。こちらは、元々の福島第一原発が地盤を切り下げて造成された敷地に建てられたことに起因しており、事故前から地下水のコントロールは必要とされてきた。ところが、事故が起きたため、その地下水が事故を起こした建屋に流入してしまうこととなり、冷却水とはまた別に地下水の管理が必要となった。

 このため、約350億円の国費をかけ、地下に「遮水壁」と呼ばれる工事を2014年から2017年にかけて行い、地下水の流入と流出を防ぐ作業を行う一方、井戸を掘って地下水を汲み上げて建屋への流入を防ぐなどの作業も並行して行ってきた。

 「水」問題はこのように、1年や2年前にはじまった問題ではなく、当初から大きな問題であり、溜め続ければ続けるほど対応が厄介になることはわかりきっていたことであった。

 ちなみに、現在、「処理水」と呼ぶか、「汚染水」と呼ぶかといった議論がときおり見られるが、おおもとを辿れば、複数の経路から発生する「水」問題があり、その「水」が放射性物質に汚染された原子炉や建屋と接触し「汚染水」となり、「汚染水」がALPSを通して放射性物質が除去されることによって「処理水」になるわけだから、私はたんに「水」問題と呼ぶことにしたいと思う。

迷走が続いた小委員会での「話し合い」

 さて、ここまでが長い前置きである。なぜ福島第一原発事故構内に「水」が蓄えられ続けてきたのだろうか。そこには、福島の漁業をめぐる長い経緯がある。

 原発事故直後、アンコントローラブルな状況の中、放射性物質が多量に含まれた汚染水は何度か緊急的な海洋放出が行われている。これは、管理を大原則とする放射性物質の処理としては禁じ手であったが、こうした手法をとらざるを得ないほど、事態は切迫していた。この緊急放出のニュースを聞き、もはや福島の海は駄目になってしまった、と思った人は少なくなかったろう。私も、もはや福島沿岸の海産物をこの先二度と口にすることはできないだろうし、また海で泳ぐこともできなくなるのだろう、と思っていた。

底引き網漁でヒラメやアナゴなどが水揚げされている福島県の試験操業=2017年6月30日、福島県いわき市・沼之内漁港

 ところが、諦めなかった人たちもいた。2012年6月から、福島県沿岸では試験操業がはじめられ、徐々に対象魚種を広げながら、慎重に粘り強く漁業本格再開への道を探ってきた。

 現在までに試験操業は、安全性を確認しながら対象魚種を拡大し続け、2019年9月25日には、2魚種を残し全魚種が試験操業の対象となっており、ほぼ同時に、漁連によって本格操業再開への協議がはじめられることも伝えられた。ちなみに、試験操業というのは操業日と漁獲対象魚種に制限が加えられるという意味であり、漁獲された海産物は市場に流通している。2015年以降、ほとんどの魚種から放射性物質はほぼ検出されていない。

 だが、この漁業再開への動きに対して、大きな問題となったのが、「水」問題であった。

 汚染水流出等トラブルが伝えられる度に、試験操業は延期をやむなくされた。また、先述した福島第一原発構内で発生した地下水のうち、「井戸水」と「サブドレン水(注)」については、現在も海洋に放出されている。この放出を行う前に、政府と東電は県漁連と交渉を行ってきたが、汚染水流出によってシラスの試験操業の延期をやむなくされるなどの経緯もあり、交渉は難渋し、漁連の苦渋の判断のうちに2015年9月から放出が行われている。

(注)サブドレンとは、原子炉建屋周りの井戸。この井戸から水を汲み上げて建屋への地下水の流入を防ぐ

 この交渉の時に、漁連はいくつかの申し入れを東電に行っている。そのなかのひとつに「多核種除去装置(ALPS)で処理した汚染水は漁業者の理解を得られない限り海に放出しない」との条件があり、このことがタンクに水が溜められてきた大きな理由のひとつとなっている。

 この間の政府は、2013年12月20日、原子力災害対策本部での「東京電力(株)福島第一原子力発電所における廃炉・汚染水問題に対する追加対策」の決定を受け、12月25日に「トリチウム水タスクフォース」を立ち上げ、ALPS処理水の取り扱いを決定するための基礎的な情報の整理を行った。ここでは、リスク、環境影響、費用対効果等の評価すべき項目を整理し、総合的な評価を行うことが目的とされ、その結果は、2016年6月3日付けで「トリチウム水タスクフォース報告書」として取りまとめられている。

 松井大阪市長は、海洋放出受入の条件として、政府が科学的な見解を示すことを求めたが、2016年6月には、政府としての科学的見解は既に

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