澤野豊明(さわの・とよあき)
神奈川県横浜市出身。2014年3月千葉大学医学部医学科卒業。2014年4月より南相馬市立総合病院で医師として赴任。除染作業員など健康的弱者の健康問題や原発事故後の風評被害について調査を行い、現在福島県立医科大学公衆衛生学講座博士課程に在籍中。2019年8月より仙台市立医療センター仙台オープン病院・消化器外科に勤務。南相馬市立総合病院・地域医療研究センター研究員。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
「宮崎・早野論文」は何が問題だったのか
2018年12月、福島県伊達市の住民に対して行われた外部被曝線量に関する市町村の業務の一環としての公衆衛生活動の結果公表に不正があったと、いくつかの大手メディアが一斉に報じました。
これは2016年および2017年に、英文医学雑誌『Journal of Radiological Protection』から発表された福島県伊達市の地域住民の外部被曝線量に関する2編の査読論文が研究参加の同意のない住民のデータを含んだ上、不正による誤りがあったという情報に基づいて行われた報道でした。論文の筆者は東京大学の早野龍五名誉教授と福島県立医科大学の宮崎真講師で、メディアでは「宮崎・早野論文」とも呼ばれています。
なお、最初に断りを入れておきますが、論文の著者らの計算の誤りが被曝線量の過小評価であると問題視する声があります。しかし、調査委員会が指摘しているように、個人的には論文の主たる結論に変化を生じさせるような大きな誤りではないと考えているため、今回これを議論するつもりはありません。
後から見れば、本件に関してメディアは報道内容の検証が不十分なまま報道したことになります。その報道が地域住民や福島第一原発事故後の放射線被曝を心配する国民に与えた影響は小さくありません。このように日本では、科学に対するジャーナリズムの質が低いと言わざるを得ない出来事がしばしば起きてしまっています。ではなぜこのようなことが起こってしまうのでしょうか。
私は福島第一原発事故後に福島県浜通り地区で除染作業員の健康問題や風評について研究しながら、外科診療に従事する医師です。この問題について、先日、我々の意見をまとめた短報を英オックスフォード大学出版局が発行する医学誌『QJM』で発表しました。ここで私たちは、災害時の公益性の高い公衆衛生活動と研究活動の間に明確な境界を設けることが、住民の健康を守るという優先すべき課題にとって障壁となりうることに言及しました。
今回は、少しとっつきづらい問題ではありますが、この問題の背景にある、地方自治体が行う公益性の高い公衆衛生活動と研究倫理に関して論説したいと思います。この問題の根底ある、倫理の問題は医学の世界でも大変難しいとされているものです。私自身もそうですが、医学生時代に医療倫理について学び、その底の深さと難しさに辟易とした医師も少なくないと思います。