メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

戦後文教行政の「最後の一線」が決壊する

不正と弱体化の果て、文部科学省の機能不全

石原俊 明治学院大学教授

文教行政の原則を破壊する文科省――「あいトリ」補助金不交付問題の核心

 9月26日、文部科学省の外局である文化庁は、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介・芸術監督)の一環として開催された企画展「表現の不自由展・その後」が、激しい脅迫行為によってわずか3日間で中止に追い込まれたことを理由に、「文化資源活用推進事業」の枠で「あいトリ」へ支給される予定であった約7830万円の補助金を、全額不交付にすると決定した。

補助金不交付の決定に対し、文化庁に抗議する人々=2019年9月26日、東京都千代田区

 文化庁は不交付決定の理由を、事業者である愛知県が、「来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告することなく採択通知を受領した」ことなどとしている。

 さらに10月に入って、この不交付決定が、「あいトリ」補助金採択に携わった外部審査委員の意見を一切聞かずに、文化庁の内部だけでおこなわれたことが判明した。しかも驚くべきことに、文化庁は不交付決定を審査した際の議事録が存在しないことを認めたのだ。

 この文化庁の決定は、「あいトリ」への脅迫行為に事実上加担しているだけでなく、何らかの政治性を帯びたあらゆる文化事業に対する国家当局の事実上の検閲を正当化するものだとして、アーティストや研究者にとどまらず、一般市民からも厳しい批判を浴びている。芸術祭実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事も、文化庁と司法の場で争う姿勢を示している。また、「あいトリ」の補助金採択に際して外部審査委員を務めた野田邦弘・鳥取大学特命教授は、決定に抗議の意思を示すため、委員在任中の匿名原則をあえて破り、文化庁に委員辞任を申し出たことを明らかにした。

 10月8日に「不自由展」は再開された(「あいトリ」の会期は14日まで)が、萩生田光一・文部科学相は、安倍晋三首相からの指示はなかったと強調し、また8日の閣議後の囲み取材で「私から文化庁に何かを指示したりということはありません」と答えている(朝日新聞10月8日夕刊)。一方で萩生田氏は、文化庁の不交付決定を変更する必要はないと繰り返し述べている。また、宮田亮平・文化庁長官(東京藝術大学前学長)は、突撃取材で記者から「不自由展」が再開された場合の交付停止の見直しについて問われた際、「それは、私の権限では…」と述べたという(『サンデー毎日』10月20日号)。申請者の事務手続き上の瑕疵を理由に交付取消決定をした経緯が文書にさえ残されておらず、決定の責任者が誰であるか、最終決定が文科省本省か文化庁か、どのレベルで行われていたのかもわからない。

文部科学省の入る中央合同庁舎7号館

 文部科学省(旧文部省と旧科学技術庁)は戦後長らく、所轄法人である日本学術振興会の科学研究費などを含め、芸術や学術にかかわる公的補助金の支出に際して、ピア・レビュー(専門家による相互審査)の結果を尊重してきた。芸術・学術・科学の実践に対して、政治権力の介入からも、多数派世論の介入からも、自由を保障するためだ。ピア・レビュー体制は、日本国憲法21条が定める表現の自由の保障および検閲の禁止、そして23条が定める学問の自由の保障を反映した、戦後文教行政の大原則といえる。

 今回の文科省―文化庁による不交付決定は、行政権力がアートに対する政治的脅迫行為を事実上追認するという結果の面でも、行政権力が専門家のピア・レビューの結果を後出しジャンケンのような形で否定するという手法の面でも、文教行政の大原則をないがしろにする行為なのである。

政治による権限縮小、度重なる不正行為――第2次安倍政権下の文科省の弱体化

 なぜ、文部科学省はここまで劣化し、機能不全に陥っているのだろうか。

 現文科相の萩生田氏は、学校法人加計学園が経営する大学獣医学部の新設に際して、疑惑の中心にいた人物だ。また、いま大きな社会問題となっている大学入試共通テスト(2021年から実施予定)の英語民間試験への外部委託は、第2次安倍政権の初代文科相であった下村博文氏が、支持母体の塾業界からの要望を汲みつつ、かなり強引にレールを敷いてきた経緯がある。

 しかし、これほどまでの劣化・機能不全の原因を、大臣の質だけに求めることにも無理がある。そこには、もっと構造的な要因があると考えるべきだ。その要因は主に2点、

・・・ログインして読む
(残り:約3457文字/本文:約5280文字)