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障害を持って生まれた子を受け入れるということ

小児科医はなぜ、『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』を書いたのか

松永正訓 小児外科医・作家

社会保障をめぐる危うい考え方

 コメント欄への投稿だけでなく、私のクリニックあてにいくつもの手紙も頂きました。なかには差出人の名のない、障害者差別の言辞を連ねる手紙もありました。

 そのなかで最も印象に残っているのは、「重い障害のある子に愛情を注いで育て続け、今は30歳を超えました」という手紙でした。30年と言えば、親の人生の中のかなりの部分を占めます。私は胸を熱くし、感動しながら読みました。

 障害児にお金をかけることは、社会保障費のムダだという意見もありました。障害児は将来税金を納めないので、国からの一方的な支出になる。自分の税金がそういうところに使われるのは、納得できないという意見です。

 こうした意見に対しては、「私たちはいつか高齢者になり、いわば障害者のような存在になるのだから、お互いを支え合うために社会保障費は必要である」という反論もあります。ところが驚くべきことに、こうした意見に対してもさらに反論がきます。「高齢者はかつて国のために税金を納めたのだから社会保障の対象になるのは許せるが、障害児は生まれたときから国の世話になっているので、高齢者とは同列にできない」と言うのです。

 そんな考え方がまかり通ったら、大変危険だと私は思います。

 社会福祉がなぜ必要かと言えば、それは国家という枠組みを安定させるためです。障害児を抱えた家族が何の支援も受けられず、苦しみの中で絶望するようなことがあれば、私たち健常者も安心してこの国に生きることができません。障害のある子どもの命が守られない社会は、健常者を含めてみんなが不安な社会と言えます。

 そもそも、日本の障害者福祉の予算はそんなに潤沢ではありません。たとえばイギリスでは、GDP(国内総生産)に占める障害者関連の公金の割合は、日本の約3倍にのぼります。1機100億円の戦闘機を100機買うのも一つの政治判断だと思いますが、1兆円あればどれだけの障害児(者)を厚く支援できるかを考えてもいいのではないでしょうか。

 私と交流のある、在宅で人工呼吸器を付けている子の母親が、「障害者は批判の対象ですよね。延命すれば親の自己満足と言われたり、税金の話になります。治療を拒否すればひどい親だと批判されます」と話してくれたことがあります。本当にその通りだなと痛感しました。

出生前診断の背後に潜む「優生思想」

拡大新型出生前診断について説明する日産婦の藤井知行・前理事長(中央)ら=2019年6月22日、東京都千代田区の都市センターホテル

 本書の後半では、新型出生前診断への言及が増えています。

 遺伝情報に関する出生前診断は、生命の誕生に関する私たちの悩みをより一層深くしています。私たちはこの難しい問題を、難しいまま受け止める必要があります。ところが医師の中には、こうした問題をとても単純化して割り切ろうとする方がいます。

 9月30日の朝日新聞に、「出生前診断 あり方は」という特集記事がありました。胎児の遺伝情報の出生前診断に関する論点が多角的に整理されていて、とてもいい記事でした。

 この特集の中で、ある産科医の言葉が気になりました。それは、出生前診断を、「妊婦が自身の妊娠を自律的に決めることができるための権利」という観点で単純に捉えていることです。

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筆者

松永正訓

松永正訓(まつなが・ただし) 小児外科医・作家

1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会より会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長。 『運命の子 トリソミー』(小学館)にて2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。 『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)にて2019年、第8回日本医学ジャーナリスト協会賞・大賞を受賞。 最近の著書に『いのちは輝く わが子の障害を受け入れるとき』(中央公論新社)、『小児科医が伝える オンリーワンの花を咲かせる子育て』(文藝春秋)、『発達障害 最初の一歩』(中央公論新社)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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