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即位の礼に伴う「恩赦」は時代遅れで意味不明

そもそも国民国家とは相いれない「恩赦」。政府は憲法との整合性を説明できるのか

五十嵐二葉 弁護士

Scott Maxwell LuMaxArt/shutterstock.com

 10月22日に行われる天皇「即位礼正殿の儀」に合わせて、政府が対象者50万~60万人に対して「政令恩赦」を実施すると、新聞各紙が3日から6日にかけて報じた。

 ほぼ半月後の実施なのに、実施に必要な閣議決定を経ていないからと、「関係者への取材」で「見込み」という報道。今年3月に大西健介衆議院議員が提出した質問主意書に対する政府答弁書で、「御指摘の『本年五月の皇位継承に際して』の恩赦について、現時点において、具体的に検討していない」としていたことと共に、過去に「皇太子さまご結婚で「政治恩赦」また乱発?」(毎日1993年2月2日付) 「選挙違反は復権で救済 恩赦、自民の要求にこたえる」(朝日1989年2月3日付)などと批判された経験からの、公表をぎりぎりにする政府の対応かもしれない。

 もともと君主制・絶対王政の制度であって、あとに書くように、現在の近代国家では、こんな形では行われているのは時代遅れな「恩赦」を、国民主権の憲法の下で実施する後ろめたさに似たものもあるのか。

王権がさまざまな都合で用いた恩赦

 日本では奈良時代から始まったと言われているように、古来からの政治的遺制である恩赦は、どこの国でも王権によって、そのさまざまな都合に合わせて用いられてきた。

 それは、時代を遡るほど、権力者はまだ、被支配者・民の間の争いや犯罪などに介入するまでの支配力はなく、政治権力と裁判権がいまだ分離しない中で、王が犯罪者として処罰するのは、みずからに対する敵対者、反権力者だったという時代と関係する。

 ある者が既存の王を倒して権力を奪い取った時、前王に逆らって犯罪者とされていた者を、赦免、復権させて臣下に加える。加えるまでもないとしても、前王の圧政を批判して、みずからの慈悲を示す手段が、即位に伴う恩赦だ。

 権力の交代がさほどドラスティックでないとしても、新しく権力を持った者が前権力者の悪政を改める「善政」者であることを示す手段に用いる。日本では、徳川5代将軍綱吉が「生類憐れみの令」によって処罰した者を、6代家宣が赦免した事例がよくあげられる。

 権力者の結婚や後継者の誕生などの「慶事」に伴ってなされる恩赦は、村長(ムラオサ)の家の慶事にあたって、村人を集めて紅白の餅を撒くのと同じ、「福を下々に分け与え」て善政者であることをアピールする政治手法だった。処罰からの解放が「福」であるというのは、犯罪は権力者への反逆であるという認識が、暗黙に共有されていたことをも示すだろう。

近代国民国家で恩赦も様変わり

 このように専制的政治の手法に使われてきた恩赦だから、国民国家とは本質的に相容れない。

 国民国家では犯罪者とは、国民全体で維持しているはずの公共の秩序を破壊した者だから、そうした者に処罰を免れさせるのは、国民一般にとっては福ではなく、自らが守っている公共の秩序を否定する理不尽な政治になる。

 だから現在、ほとんどの近代国家が、恩赦という名の制度を残してはいるが、多くの国でその制度は、専制国家のそれとはまったく違う目的の制度に、事実上作り替えられている。

 主な先進国の例をざっと見てみよう。

アメリカの例

sutham/shutterstock.com
 冤罪の死刑囚に、死刑執行命令が先に来るか、大統領の恩赦の通知が先に来るか、死刑囚と支援者の切羽詰まった表情のカットバック。アメリカの映画によくあるシーンだ。

 君主制を経験しないアメリカは、18世紀末に制定した合衆国憲法で、連邦犯罪については大統領に、州犯罪については州知事に、刑執行の延期と恩赦の権限を制度化した。

 しかし恩赦は、権力者側の恣意的な判断ではなく、まず受けたい本人や関係者の「温情申請」で始まり、連邦では司法省内に「恩赦弁護士事務局」があって、恩赦規則に従って相当性を判断して、大統領の権限行使について「忠告と援助」を行い、大統領はそれによって恩赦を決定する。

 大部分の恩赦は、裁判所の見落としと量刑ガイドラインからのあまりの逸脱に対して行われる。罪種を決めて広く行う大赦もあるが、少なくとも近年使われたことはなく、個人対象の3種、特赦、減刑、罰金または被害弁償の減額があり、司法省は毎年統計と共に対象となった個人の情報も公開している。大統領の決定には「どのような上訴もない」が、決められた期間を過ぎれば再申請ができる。

 現状の問題点としては、トランプ政権などでの事例をあげて、「大統領の関係者が大統領の利益のために犯した罪から解放するために政治的な利用が行われることだ」との指摘(丸田隆『アメリカ憲法の考え方』日本評論社2019年137頁)がある。

 ちなみにトランプ大統領が2018 年度に承認した恩赦は、特赦6人、減刑4人、罰金または被害弁償の減額0人だという。

イギリスの例

 日本より強い君主制のイギリスでは、恩赦権は国王大権の一部とされるが、日本政府が行おうとしている、罪や刑罰を定めて一律に行う大赦は、1930 年代以降、女王の即位など国家の慶事に際しても実施されたことはない。1995年成立の刑事上訴法16条に刑事事件再審委員会による恩赦の検討の支援規定があって、実質的には冤罪からの救済手段として運用されている。

 特赦、条件付き恩赦、刑の一部または全部の執行の免除の3種で、大法官と法務大臣の助言に従って実施される。「特赦」は、誤審の救済のため代替手段がない場合にのみ実施されるので、他に官民の多くの冤罪救済システムがあるイギリスでは、過去20年間に実施されたのは2回だけだが、冤罪からの救済が2件だけということではない。

 「条件付き恩赦」は、刑罰を他の刑罰に置き換える恩赦であり、死刑廃止の経過で用いられた。だが、死刑が廃止され、上訴審で量刑を変更することを可能とする刑事手続き改革により、必要とされなくなったと言われる。

 「刑の執行の免除」は、①深刻な健康上の問題がある場合等、②他の犯罪に関する情報提供を行った場合、③逃亡や死傷の防止で刑務所当局に協力した場合、④受刑者に釈放の期日を誤って伝えた場合等――について実施される。つまりは刑事手続き上の過誤からの救済と一種の司法取引に用いられている。

 したがって、君主の政治的手法としての利用は、イギリスではなくなっていると言える。

フランスの例

 フランスでは憲法17条に「大統領は恩赦を行う権限がある」と包括的に規定されていて、従来は広く複数の対象者に与える大赦も個別恩赦も行われてきた。現在でもその権限条項は変わっていない。従来、大統領選の後に大規模な恩赦が行われていたが、2007 年の大統領選以降行われなくなった。すでにヨーロッパ諸国ではこうした恩赦を行わなくなっていたことから、サルコジ大統領が「より君主的でない」大統領を目指してそれに従ったとされる。

 憲法はまた、34条に、議会の法律制定権限の一つとして恩赦をあげていて、刑法133条1か条だった恩赦条項が1992年以降の改正で133条-1から17までに詳細にされ、刑の執行の免除のみに効力がある「grâce」(恩赦と訳されることが多い=133条-7~8)と、刑の言い渡しの効力を失わせる「amnistie」(特赦のほか大赦と訳されることもあるが対象は個人のみ=133条-9~11条)があり、刑罰の言い渡しの不当性や改悛などを理由とする「abonnement」(申し入れ)を受けて裁判官が決定する。

 フランスでは「réhabilitation」(復権=133条-12~17)は、詳細な条件で新たな刑の言渡しを受けずに一定の期間が経過したときに得られる。

 このように、フランスでは恩赦はあくまでも個人の事情に応じた制度になり、対象者多数の日本でいう「大赦」は事実上なくなっている。

 ヨーロッパについては、EU域内ではEU理事会が立法権・行政権を持ち、加盟国に指令を出す。加盟国の国内法が、EU法またヨーロッパ人権条約などに違反するときは、指令の目的が適切に達成されるために、理事会が指示する期間内に、加盟国は自国の関連法を改正しなければならないから、EU加盟各国には現在、英仏の現状と同様の法実態があるはずだ。

王政、専制君主制の名残を克服

 以上、アメリカとヨーロッパの例を見てきた。前近代の遺制である「恩赦」という言葉を残してはいても、司法権が決定したある者に刑罰を与える決定を、執行するべき義務を負っているはずの行政が執行せず、そのうえ司法の決定を無効にするというその枠組みを、司法が誤ってした有罪判決からの被害者の救済に置き換えていることが、上記の3国の例からわかる。

 この方向性は王政、専制君主制の名残を、刑事人権の部分で、また一つ克服していく世界的な潮流と言える。

 同時に、行政権の司法権へのその限りでの介入であり、ある意味で近代国家の三権分立制度のチェック・アンド・バランスの在り方の改変が進行したとも言える。

 ただアメリカでは、上記で紹介したように、恩赦制度の政治がらみ利用、政権者が権力を握るため、あるいは権力を失わないために使われる性格がまだ完全に払しょくされていない部分も見えている。

Scott Maxwell LuMaxArt/shutterstock.com

アジア各国の恩赦の実情

 ここでアジアに目を向けてみる。

 大韓民国(韓国)では、大統領の権限としての特赦があり、1948年の建国から2016年までに96回実施された。道路交通法違反の際の罰点の取り消しなど、非常に軽微なものが含まれるため、対象者が多く、1回に百数十万人規模になることが多い。

 その一方で、政治がらみの特赦も多く、政権が代わって死刑判決を受けていた全斗煥元大統領や無期懲役判決を受けていた盧泰愚元大統領が、その2年後に金泳三による1997年12月の特赦により釈放された例がある。また、朴槿恵大統領は韓国第3位の財閥であるSKグループの崔泰源会長などを特赦している。こうした財閥のオーナーは、実刑判決後に入院して刑の執行を猶予されたのち、特赦で釈放されるという経過をたどっている。

 タイでは、王室の慶事または国王の長寿を祝う特赦が頻繁に行われている。2000年代以降はほぼ毎年のように特赦が行われており、死刑囚や終身懲役囚でも順次減刑を重ねて、15年ないし20年程度の服役で出所を果たすケースがみられる。2006年のタクシン追い落とし軍事クーデターとその前後の混乱期には、タクシン派と反タクシン派の間で、恩赦の適用も抗争の手段として使われたという。

 このように、恩赦制度の政治がらみの利用、政権者が権力を握るため、あるいは権力を失わないために使われる性格、行政権力が司法権を侵食する「恩赦」という旧制度の実態が、アジアでは欧米より強く残っている。

恩赦についての日本政府の説明

 日本ではヤマト政権が成立した奈良時代から恩赦が行われていて、江戸時代には徳川氏というように、その時々の政権者が、権力維持の手法として恩赦を使ってきた。

 明治憲法では、16条に「天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス」と規定されて、恩赦は天皇の大権事項であることが示され、天皇の即位や改元、皇室の慶弔事に恩赦を行ってきた。

 現行憲法は73条の内閣の権限として「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ」の7号に「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること」としているが、それより前の「第1章 天皇」にある第7条「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」の6号に「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること」を明記、天皇の国事行為としている。

 改憲論者は現行憲法をアメリカから押し付けられたとしているが、天皇の認証を恩赦の成立要件としているところなどは、明治憲法の名残を留めている。

 恩赦は何のためにあるか、政府の説明を見ると面白い。

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