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あいち芸術祭とNHKで起きた現代版「焚書」事件

「表現の自由への弾圧」を後世のメディア研究者や歴史家はどうみるか?

徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)

あいちトリエンナーレが閉幕。主会場の愛知芸術文化センターでは、津田大介芸術監督(中央)らが拍手で閉幕を惜しんだ=2019年10月14日、名古屋市東区

 ドイツの旧東ベルリンにあるフンボルト大学の前にアウギュスト・ベーベルと呼ばれる美しい石畳の広場がある。ここは、かつてナチス・ドイツが、反体制的で頽廃的だと判断した書物を焼きはらった「焚書」の地だ。

 私は壁崩壊から10年がたった1999年にベルリンを訪れ、この広場に立った。石畳の1.2メートル四方が切り取られ、強化ガラスがはめ込まれていた。ガラスを覗いてみると、真っ白な地下室が広がり、四方の壁にはそれぞれ14段の本棚が並んでいた。しかし、棚には本が一冊も並んでいなかった。

 これはイスラエル人のミシャ・ウルマンによる「図書館」という作品だ。ドイツ統一後、ベルリン市が「二度と繰り返さないために」とメモリアル創設を決定し、コンペに招いた24人の美術家の作品から選んだものだという。

 底辺7メートル四方、深さ5メートルほどの何もないベーベル広場の地下の空間には、たえまなく白熱灯が灯されていた。日が落ちて闇に包まれた広場を再訪すると、地表から漏れる白い光が焚書の炎にもガス室の煙にも見え、衝撃を受けたことを昨日のように覚えている。

芸術祭企画展を脅迫で封殺

 愛知県内の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」が10月14日に終わった。

 8月1日の開幕からわずか3日で中止に追い込まれた企画展「表現の不自由展・その後」が閉幕1週間前に再開されるなど、中止・再開で混乱。さらに文化庁が採択していた補助金全額を交付しないことを決めたことも、社会に大きな波紋を広げた。

展示が再開した企画展「表現の不自由展・その後」=2019年10月11日、名古屋市東区
 不自由展には、慰安婦を象徴する少女像や昭和天皇の肖像を燃やす映像作品が展示され、「反日的だ」などとして匿名の抗議が相次いだ。なかには「ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」といった、京都アニメーションの放火殺人事件を連想させる脅迫のファクスも届いた。

 近年、気に入らない作品や言論を、脅迫や恫喝(どうかつ)によって封殺しようとする動きが相次ぐ。今回は、とりわけ政治家による露骨な介入がみられたことが気になった。

 芸術祭実行委員会の会長代行の河村たかし・名古屋市長は8月2日に会場を視察した後、「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」とする抗議文を実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事に突きつけ、展示中止と関係者への謝罪を求めていた。

国の補助金が全額不交付に

閉幕後、記者の質問に答える愛知県の大村秀章知事=2019年10月14日、名古屋市東区
 河村市長の発言に呼応するかのように、菅義偉・官房長官や柴山昌彦・文部科学相(当時)も芸術祭への助成を見直す発言をした。ここには、「公金を受け取るのなら、行政の意に沿わぬ表現をすべきでない」という偏狭な発想が横たわっているように思える。

 大村知事は8月5日の定例会見で、「税金でやるからこそ、表現の自由、憲法21条は守らなければならない」とし、河村氏に対しては「公権力を持つ立場の方が『この内容はよくて、この内容はダメ』と言うのは、憲法21条が禁止する『検閲』ととられても仕方がない」と語気を強めた。

 この後、萩生田光一・文部科学相が9月26日、補助金約7800万円の全額を交付しないと発表。文化庁は不交付の理由について、「展示内容」ではなく、円滑な運営が脅かされる事態を予想していたのに申告しなかった「手続きの不備」を挙げている。これは前例のない異例の対応だ.

文化庁長官の頭越しの決定

 この補助金は文化庁所管だが、いっこうに宮田亮平長官の顔がみえない。宮田氏は元東京芸大学長で金工作家という表現者でもある。補助金を全額不交付にしたことについて初めて公の場で語ったのが、芸術祭閉幕後の10月15日。参院予算委員会で福山哲朗議員(立憲民主党)の質問に対し、「不交付決定を見直す必要はない」とし、さらに「私は決済しておりません」とも答弁した。

 今回の決定が文化庁長官の頭越しにおこなわれたということなら、政治の関与があったのではないかという疑問が頭をもたげる。だが、公金を時の公権力側を批判するために使ってはならないというのなら、それは考え違いであろう。

 公金は公権力側のためにあるのではなく、国民のためにある。公金の出所は国民の血税である。少数意見も含めて多様なニーズをくみ取り、共に考えていくために使われるものだろう。これは欧米ではスタンダードな考え方だ。

 冒頭のベルリンの地下の「図書館」にもどる。意見の異なる表現物がいっさいない真っ白な空間では、議論をたたかわす余地はない。今回の政治家の介入と、多くの覆面の脅迫は、圧力をかければ、あるいは騒げば、意に沿わぬ表現行為を封殺できるという、かたちを変えた「焚書」のように見えてならない。

NHK幹部が日本郵政に謝罪

 もう一つ、「表現の自由」に関わる問題として、現代版「焚書」ともいえることが起こっている。

 かんぽ生命保険の不正販売問題を報じたNHKの番組をめぐり、日本郵政グループから抗議されたNHK経営委員会が昨年10月、上田良一会長を厳重注意していた。問題となったのは昨年4月24日に放送された「クローズアップ現代+(プラス)」で、「郵便局が保険を〝押し売り〟!? 郵便局員たちの告白」と題した番組だ。

 番組側は続編のために昨年7月、情報提供を呼び掛ける動画をツイッターに投稿。この動画について郵政側は、上田会長と経営委に対して「犯罪的営業を組織ぐるみでやっている印象を与える」との趣旨の抗議文を送付した。NHKは郵政側に謝罪したうえ、この動画を削除、予定していた続編の放送を見送ることとなった。

 経営委は、番組幹部が郵政側に「番組制作に会長は関与していない」とする発言をしたことを問題視し、「組織統治(ガバナンス)の観点から会長を注意した」としている。ただ、ガバナンスの問題なら、なぜ放送総局長が郵政側に謝罪に出向く必要があるのだろうか。

 顧客に不利益を与えた疑いのある生命保険の契約件数は、約18万3000件にも膨れ上がっている。不正販売問題を報道したクロ現は称賛こそされ、非難されるいわれはない。

 昨年8月の放送をめざしていた続編はNHKが謝罪した後の7月の放送になり、大幅にずれ込んだ。遅れに遅れたことで、被害は拡大、国民に大きな不利益を与えたと考えられないか。

NHKが郵政抗議問題をネットで「説明」した際に公開された動画(7月7日分)

NHKは「暴力団と一緒」言い放った郵政幹部

 そんななか、日本郵政の鈴木康雄・上級副社長が10月3日、国会内で開かれた野党合同ヒアリングの後、記者団に向かって「(NHK側から)取材を受ければ動画を消す」と伝えられたとし、「まるで暴力団と一緒でしょ。殴っておいて、これ以上殴ってほしくないなら(動画は)やめたるわ、俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」と言い放った。

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