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水害対応マニュアルと災害大国・日本で必要な備え

台風、豪雨、地震……誰でも災害被害者になる時代を生き抜くための情報と心構え

松山文紀 震災がつなぐ全国ネットワーク事業担当責任者

台風19号の被害で出たゴミを軽トラックの荷台から下ろすボランティアら=2019年10月20日、長野市赤沼

台風、豪雨、地震……。近年、大きな災害が立て続けに起きる日本列島。そこに住むわたしたちは、どう対応すればいいのでしょうか? 水害被害にあったときの対応をまとめた冊子・チラシ「水害にあったときに」が話題の「震災がつなぐ全国ネットワーク」(略称:震つな)の事業担当責任者をつとめる松山文紀さんに、水害への対応、災害への備えや日頃の準備、災害大国で生き抜くための心構えなどを聞きました。(論座編集部)

東日本大震災を超えた被災地域の広さ

 台風19号の通過を、私は静岡県の自宅で迎えました。気象関係者からは、今回の台風が発生する前から、いま発生すれば、日本に大きな被害をもたらす台風に発達するという情報を得ていました。はたして巨大な規模に成長して刻々と日本に近づく台風を前に、先に千葉県内に被害を及ぼした台風15号と同程度、もしくはそれ以上の被害を覚悟していました。

 台風が日本に上陸した10月12日午後から翌13日にかけて、大雨特別警報が静岡県、神奈川県、東京都、埼玉県、群馬県、山梨県、長野県、茨城県、栃木県、新潟県、福島県、宮城県、岩手県に発表され、翌朝までに大雨による被害が各地で発生。暴風による被害が目立った台風15号と異なり、19号では大雨による河川の氾濫による被害が多く発生しました。

 10月19日現在、全国14都県391市区町村に災害救助法が適用されています。これは、10都県241市区町村が対象になった東日本大震災を大きく上回っています。

 今年は8月末に九州北部で水害が発生。9月には台風15号が千葉県に大きな被害をもたらし、そしてこのたびの台風19号です。2011年の東日本大震災以降、日本各地で被災地支援を行う団体が生まれ、被災地域で活動をするようになりましたが、それらの組織が総出で活動しても、とても足りない状況です。

 千葉県で台風15号によって破損した屋根のシート張りを行っていた団体は、今回の台風ではがれたシートの張り直しをしなくてはならず、千葉を離れられない。九州北部での活動も継続中です。いままで被災地支援に縁のなかった人たちの力も借りなければ、対応のしようがないという事態に突入したといっても過言ではありません。

「震災がつなぐ全国ネットワーク」とは

「水害にあったときに」
 私はいま、震災がつなぐ全国ネットワーク(略称:震つな)の事業担当責任者をつとめています。

 震つなは、阪神・淡路大震災(1995年)の支援活動を行った複数の組織が、それまでの経済優先の価値観とは違う共生社会の実現を目標に、1997年に設立したネットワーク組織で、2019年10月現在、約40のNPOやボランティア団体と30人以上の個人会員で構成されています。

 ミッションは、災害が発生すれば迅速に現地に赴き、被災地支援の経験を踏まえて対応するとともに、被災者の声を聴いて生活再建に必要なことを共に考えること。支援の入らない地域をつくらず、最後の一人まで救うのが目標です。

  平時には、過去の被災地支援の教訓を検証したり、過去の失敗を繰り返さないよう冊子(ブックレット)を作ったりしてきました。近年は、被災地域で起こる課題に対応するための冊子やポスターも作成しています。代表的なものが「水害にあったときに」(チラシ版・冊子版)です。

 「水害にあったときに」は、被災された方が生活再建するために必要と思われる情報を掲載しています。2017年3月に完成し、同年の九州北部豪雨災害や2018年の西日本豪雨で被災された方々にお届けしました。今回の台風19号でも、すでに多くの注文や問い合わせをいただいています。

 以下、その内容をもとに、水害にあった際の対応について、具体的に説明しましょう。

「水害にあったときに」(チラシ版・冊子版)
くわしくは「こちら」まで。
※現在は被災地域優先にてお送りしています。被災されていない方々は12月以降にご連絡ください。震災がつなぐ全国ネットワーク(略称:震つな)の詳細は「こちら」まで。

水害にあったらどうすればいいか

被害状況の画像を撮影

 人は被災すると、直後は何をどうすればいいのか考えつかず、呆然と現実を受け入れざる得ない状況になります。その後、周囲が片付けを始めると慌てて片付けを始めますが、水害からの生活復旧には最低でも1カ月、長ければ半年~1年以上かかります。張り切りすぎると、後で疲れがどっとでるなどの反作用があります。被災された方にはまず、数カ月かかることをお伝えし、焦らずに対応いただくようにアドバイスしています。

 次に、片付けを行う前に被害状況を画像でできるだけ多く撮るようにお伝えしています。被害画像は、住まいの被害を公的に証明する罹災(りさい)証明書の発行や、民間の保険などの申請の際にとても重要になります。

再生できるものとできないものの見極めを

雨で冠水した道路脇にうずたかく積まれた災害ごみ置き場の横を、車が水をかき分けるように通っていた=2019年10月22日、長野市
 画像を撮った後、いよいよ片付けが始まりますが、まずは水没した家財のうち、使えるものと使えないものに分ける必要があります。

 家財には、畳や布団、ソファーやカーペットなど再生が困難なものと、洗浄など適切な対応をすれば再生できるものがあり、そこを見極めることが大切です。思い出の写真などは焦って捨てず、考える時間が持てるようになってから捨てるかどうか考えるモノとして、とりあえず保管しておくことをお勧めします。

床下の状況確認と対応のコツ

 廃棄するものがおおよそ決まり、目に見える部分の泥や土砂の除去が終わったら、床下や壁裏の確認をします。見えるところの片付け・掃除だけでも相当な労力を要するため、見えないところまで手を付ける元気を失いがちですが、見えない部分の対応を放置すると、家そのものを傷めたり、カビの温床になって健康被害につながったりしますので、必ず確認をしてほしいとお伝えしています。

 和室の場合、畳を上げると床板が見えます。床板を外して床下の状況を確認し、水や泥が入っていれば除去します。基礎が土の場合はまだいいのですが、コンクリートが敷いてあるベタ基礎の場合は、強制的に水を抜かないと、水がたまったままの状態になってとても不衛生です。普段、床下を見る機会などないと思いますが、水害後は必ず確認してください。

 和室の下の床板が(合材でない)無垢の木材の場合は再利用することができます。付着した泥等を洗浄し、陰干ししてじっくり乾かします。慌てて天日干しをすると木材が変形する場合がありますので、日陰で干すようにしています。

 床下の基礎以外にも、家の構造物(木の部分)に泥等が付着していることが多いので、そうした泥は拭き取るなどして除去し、少し乾燥させてから消毒するようにしています。消毒には昔から消石灰が多用されてきましたが、取り扱いが難しく、ヤケドの原因にもなるため、いまは医療器具の消毒などに使う逆性石けん(ベンザルコニウム塩化物)を使うようにしています。逆性石けんの代表的な商品は「オスバンS」(日本製薬株式会社)で、最寄りの薬局でも販売されています。

 消毒の後は、とにかく時間をかけて乾燥させるように風通しを良くします。床下には送風機や扇風機で強制的に風を送るようにします。乾燥を待たずに畳を入れると、湿度が下がらずカビの温床となり、健康被害にもつながるため、1カ月ほどかけて乾燥させます。乾燥させている間、家での生活を再開する場合は、転落しないように「生活導線」の確保が必要になります。特に夜間にトイレに行く際の「導線」は、決めておくほうがいいでしょう。

壁の内側にはどう対応するか

 壁の内側ですが、壁の材質が石膏ボードの場合は、廃棄をお勧めします。石膏ボードが水を含むと乾ききる前にカビが発生し、その後もカビが残ります。水に浸かった一番高い位置から20~30cm上まで水を吸い上げることもあるので、早めの除去をお勧めします。

 壁の内部に断熱材を使用している場合は、断熱材を除去しなければなりません。断熱材はスポンジ状のものが多く、一度濡れると乾かすのが難しく、放置すれば断熱材の周囲の建材にも悪影響を与えるので、早期の除去が望ましい対応になります。

応急修理制度にも留意を

 床下や壁裏の乾燥がすんでから本格的な修理となりますが、修理代の一部を代行して支払ってもらえる制度(災害救助法の応急修理制度)などがあるので、修理前に情報を得ておくことが大切です。応急修理制度は現金がもらえるわけではなく、決まった金額を上限とした額が行政から業者に支払われるため、被災された方がお金を払ってしまうと活用できない場合があります。支払う前に役所や役場に相談することをお勧めします。

 修理が済むと、ようやく家財の搬入になり、生活再建完了に近づいてきます。先述したように、被災から生活再建までは数カ月かかるので、焦らずに日常のペースを守って進めることが、心身ともに負担を減らすコツといえます。

水害の被害を受けた住宅から土砂を運び出すボランティアたち=2019年10月20日、宮城県丸森町

自分だけは被災しないと考えがちだが……

 まさか自分が被災するとは――。

 被災地支援していて、よく聞く言葉です。

 人は自分だけは被災しないと考えがちです。最近では、「正常性バイアス」(災害の危険が迫っているのに、「自分は大丈夫」と思い込んでしまう人間の心理)という言葉も聞かれるようになりましたが、「被災するかもしれない」という自覚の欠如が被災を招く大きな要因となっているのは確かでしょう。

 とある気象予報士の方に、日本で安全な場所はどこかと尋ねたところ、「硬い岩盤に地下シェルターを作り、そこで一生生活できれば安全かもしれない」と言われたことがあります。日本という国は、それほどまでに自然災害のリスクが高いのです。日頃から災害から身を守る用意をしていなければ、「まさか自分が……」と途方にくれるかもしれません。

災害への「備え」は無駄になったと思わずに

宮城県丸森町では雨が降り続く中、決壊した新川の堤防を補強する作業が進められていた=2019年10月22日、宮城県丸森町
 そこで大切になるのは、具体的な災害に即した「備え」をすることです。ただ、実はさらに重要なのは、それを継続することなのです。
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