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ノーベル受賞 吉野彰さんを育んだ旭化成

元会長・故宮崎輝さんが教える教訓

塩原俊彦 高知大学准教授

「苦労を楽しむ」

拡大旭化成会長を務めた宮崎輝さん
 筆者はいまでも宮崎さんを尊敬している。「ワンマン」と言われながらも、他人の発言に耳を傾ける姿勢はすごかった。若造だった筆者の話を聴きながら、メモをとることだって平気だった。老眼のために、拡大コピーした資料をテーブルのうえに置きながら、その資料に書き込みをしていた。新聞記者時代、のべ1000人以上の「偉い人々」に会ってきたが、彼以上に謙虚に耳を傾ける人に会ったことはない。

 彼の部屋に入ると、客人は応接セットの椅子から「苦労を楽しむ」と書かれた書を目にすることになる。このポジティブ思考は吉野さんの研究を支える原動力ともなったはずだ。筆者にとっても、この言葉はいまでも自分を鼓舞してくれている。

 日本鋼管に勤務していた筆者の友人が、経済同友会に出向中に各社の取締役会の実情を調べたことがある。彼の話では、もっとも談論風発とした会議が行われていたのは、旭化成だという。

 住宅担当の副社長であろうと、医薬品の話ができなければいけないし、財務問題にも詳しくなければならない。取締役がその責任において議論するという姿がそこにはあった。「自分は目をつぶって聴いているだけ」と宮崎さんは言っていた。もちろん、自分だけで勝手に決めるところもあった。半導体の開発事業に舵を切ったのは独断であったと教えてくれた。

『宮崎輝の取締役はこう勉強せよ!』

 彼の教えのなかでいまもっとも大切だと思うのは、取締役会の運営方法だ。

 宮崎さんは対談集『宮崎輝の取締役はこう勉強せよ!』という本を刊行している。いまでは、文庫本になっている。心ある会社幹部にとっての必読書だ。宮崎さんは取締役会の運営にきわめて厳密な姿勢をとってきた。法律に基づいて、厳密に取締役会を運営し、議事録を残すことで、企業統治(コーポレート・ガバナンス)の明確化をはかろうとしていた。

 少なくとも当時の日本の大企業のなかで、旭化成ほど法令遵守(コンプライアンス)の立場から取締役会を運営していたところはないはずだ。

 宮崎さんは社内から選任される取締役が課長に比べて不勉強であることをよく知っていた。部を超えた課長同士の横断的な情報も入らないから、部長や取締役は情報不足に陥りやすい。おまけに

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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