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「i-新聞記者ドキュメント-」が問うこと

映画「新聞記者」「宮本から君へ」を手がけた私に立て続けに起こった出来事

河村光庸 映画プロデューサー

「同調圧力」に呼応し機能不全に陥るメディア

 今、メディアはかつて経験したことのない最大の危機に瀕している。

 社会全体に暗雲のように立ち込める「同調圧力」。それに呼応するように機能不全に陥る「権力の監視役」たるメディアを官邸権力は抱え込み、巧妙に世論を騙し、封じ込め、一極独裁支配を暴走させてきた。

 本作「i-新聞記者ドキュメント-」はそのメディアの真っ只中にいながら、官邸に立ち向かう望月衣塑子の闘う姿を追った。結果として官邸の前に立ち塞がり、「国民の知る権利」を自ら妨げている官邸記者会の有り様が映し出されることとなった。

 社会や人間の暗部に独特の方法で切り込む映像作家、森達也の腕の見せどころだ。

拡大©2019『i –新聞記者ドキュメント-』

 10月、韓国で公開された映画「新聞記者」が不振であったことは、文化に対する国民感情は政権の政策とは別のものであるという私の希望的観測を打ちのめした。

 「日韓対立」を増長させ、嫌韓ムードあるいは反日ムードをあおったのはメディアであろう。その影響力は大きく、その責任は極めて重いと言わざるを得ない。

 この映画は言論の自由、報道の自由が平気で踏みにじられている現実を描いているが、10月18日に報道された芸文振の助成金不交付の件は、「憲法が保障する表現の自由」を損なったという異議申し立てで済まされる問題ではなさそうだ。

 官邸の一極支配で引き起こされた同調圧力、忖度によって官公庁全体が「国民のため」という行政の本来の役割を見失い、本件が違憲か否かの判断さえもちえない。官僚が役割に無自覚で、責任を取らない、いや、誰も取れないという責任の有り様が宙に浮いた危険な事態に陥っている。

 私たちは空洞化した行政という実態のない幻影を相手にしているのかもしれない。

拡大©2019『i –新聞記者ドキュメント-』


筆者

河村光庸

河村光庸(かわむら・みつのぶ) 映画プロデューサー

1949年生まれ。94年に青山出版社、98年にアーティストハウスを設立し数々のヒット書籍を手掛ける一方、映画出資にも参画し始め、映画配給会社アーティストフィルムを設立。08年にスターサンズを設立し、『牛の鈴音』、『息もできない』(08)などを配給。エグゼクティヴ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(11)では藤本賞特別賞を受賞。ほか企画・製作作品に『あゝ、荒野』(16)、『愛しのアイリーン』(18)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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