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同性婚のその先へ

どんな人も安心して生きていける社会を

増原裕子 LGBTコンサルタント、株式会社トロワ・クルール代表取締役

「誰もが⾃由に、未来を思い描ける社会に」

 先日、「結婚の自由をすべての人に」東京訴訟の、第3回口頭弁論期日を傍聴した。いわゆる同性婚の全国一斉訴訟だ。秋晴れの水曜午後、東京地裁前には、傍聴券を求めてたくさんの人が集まった。前に立ってくれている原告カップルたちを応援しよう。傍聴席を埋めつくすことで、この訴訟への関心が高いことを裁判官へ示そう、という熱気に包まれていた。

 今年のバレンタインデーに始まった同性婚訴訟。筆者自身が同性愛者であり、個人的にも、また社会の大きなイシューとしても注目をしていたのだが、今年の前半は参議院選挙に挑戦していたため、今回が初めての傍聴となった。

 この日は、東京訴訟原告同性カップルの一人であるただしさん(50歳)の意見陳述が行われた。「誰もが⾃由に、未来を思い描ける社会に」と題された、ただしさんの切実な訴えに、満席の傍聴席にはすすり泣きが響いていた。

「結婚の自由をすべての人に」東京訴訟の原告の一人、ただしさん(左端)=2019年10月16日、東京・霞が関の弁護士会館

 「自分は、人間の出来損ないなのだろうか?」「こんな自分なんか、生まれてこなければよかった」といつも思っていたという、思春期の頃。小さな嘘を重ねながら、自身のセクシュアリティを周りにひた隠しにしながら生きてきた30年以上の歳月。そして現在の、かけがえのないパートナーとのささやかで幸せな日常。

 「その⼈の変えることの出来ない属性によって、いじめや差別を受ける。若者が命を落とす」「その⼈の変えることの出来ない属性によって、⾃分の好きな⼈と結婚することができない。平等の権利が与えられない。他の⼈よりも劣った⼈間のように扱われる」「そういう時代はもう、私たちの世代で終わりにしたいのです」

 静かに落ち着いた口調で、しかし切々と語られたメッセージに、筆者も涙をこらえることができなかった。筆者は今でこそ社会的にもカミングアウトして、さまざまな発信をしているが、孤独に悩み苦しんだ思春期や20代の頃は、「自分は透明人間のような存在だ」という思いがぬぐえなかったのだ。

鹿児島市議が市のLGBT施策に「待った」

 先週末に、鹿児島県に暮らすレズビアンカップルとランチをしていたときのこと。東京訴訟と、その翌週にも大阪で傍聴した裁判について話をしていた。

 「それで、同性婚はいつできるようになるんですかね?」

 と心配そうに聞かれたので、まずは同性婚訴訟がおそらく最高裁までいくことになるだろうこと、その場合に判決が出るまでに4、5年はかかるだろうという弁護団の見立てを伝えた。さらに、司法の判断とは別に、同性婚を法制化するためには、国会での法改正という高いハードルがそびえ立っていることを話した。

 すると、カップルの片方には明らかに落胆の表情が浮かび、「そんなに時間がかかるんですね…」と、もどかしさと悔しさがない交ぜになったような口調で言った。

 同調圧力が強いこの地域では、周りには二人の関係性を絶対に話せない状態だ。しかしそうすると、元気でいるうちはまだいいとしても、どちらかが病気や事故で倒れてしまったときに何の保障もなく、不安がつのる。大切なパートナーであり家族なのに、地域や職場から排除されてしまうことが怖くて言えていないことが、この先の人生の節目節目にどんなふうに影響するのだろう。

 こういう土地柄だからこそ、法律や制度ができることが必要なんだ、私たちには時間がないんだという想いがひしひしと伝わってきた。

「結婚の自由をすべての人に」と訴え東京地裁に入る原告団=2019年4月15日、東京・霞が関

 鹿児島市議会では、9月の本会議でLGBT(性的マイノリティ)の施策をめぐってひと騒動あった。

 「自民みらい」会派の上田市議が、市のLGBT施策に待ったをかける

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