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望月衣塑子の質問(5)安倍首相の朝日バッシング

「名指しで一社の批判を続けるのはかなり異例だ」が投げかける諸問題

臺宏士 フリーランス・ライター

 菅義偉・官房長官の記者会見をめぐる望月衣塑子・東京新聞記者の質問内容について、長谷川栄一内閣広報官ら首相官邸側が、東京新聞側に申し入れたのは合計9件だった。

 このうち、官邸が「事実誤認・事実に反する」などとしたのが5件あった。残りは、質問ではなく「意見」「要請」「個人的見解」との指摘で、それぞれ1件。そして、報道発表前の情報に質問のなかで触れたとして抗議したのが1件――という内訳だ。

 今回は「事実誤認だ」とする2018年3月2日の申し入れを取り上げたい。

 「朝日新聞が誤りを認め、記事の内容を正した記事は書かれていない」――。

 東京新聞が2019年2月20日朝刊に掲載した特集記事「検証と見解/官邸側の本紙記者質問制限と申し入れ」によると、同紙がそう記された文書を首相官邸から受け取ったのは、2018年3月2日だったという。

 前日(1日)午後の菅長官の記者会見。望月記者は、「森友学園」問題に関する朝日報道を批判する安倍晋三首相の国会答弁について質問をぶつけていた。

 首相の国会での答弁についてお聞きします。去年(2017年)11月に財務省の情報開示によって籠池前理事長がつくる学校が安倍記念小学校でなく、開成小学校であることがわかりました。これについて報道していた朝日新聞が修正記事を出しております。しかしながら、この報道が出ているにもかかわらず、1月、2月と計5回ですね、予算委員会の場で「間違いだ」とか、「裏取りがない」などと再三、安倍首相が発言されました。首相が国会の場で修正記事が出ているにもかかわらず、このように名指ししてですね、一社の批判を続けるのはかなり異例だと思うのですが、政府としてこの安倍首相の国会答弁に問題がないというお考えでしょうか

 これに対して、菅長官は「政府として答える話じゃないですけれども」としたうえで、「総理の言われた通りだと思います」と首相答弁の内容を支持しながら、朝日批判を繰り返す安倍首相の答弁姿勢の是非については、言及しなかった。

 望月記者は「(菅長官が)言われたとおりですけれども修正しているにもかかわらず、再三にわたって批判を続けることの問題をもう一度、政府に考えて頂きたいと思います」と注文を付けたのだった。

 望月記者の質問の背景にある出来事をさかのぼってみていきたい。

「安倍首相の記者会見の回数は民主党政権時代に比べて激減している。番記者でさえ1問か2問。私が安倍首相に聞けることはまずない」。望月衣塑子記者は講演会でそう語っていた=東京都文京区で2019年9月22日、臺宏士撮影

「虚偽答弁」を決して認めなかった財務省

 「森友学園」問題は2017年10月の衆院選で自民党が圧勝し、同年11月には、会計検査院が大阪府豊中市の国有地売却をめぐって値引きの根拠となったごみ推計量について「十分な根拠が確認できない」とする検査結果をまとめたことで政治的には幕引きムードだった。

 しかし、年が明けると、2018年の通常国会(1月22日召集)での再燃を予感させる報道が開会直前に出た。

 毎日新聞が1月20日朝刊で財務省近畿財務局が森友学園との交渉について役所内部で検討した詳細な文書が存在することをスクープした。毎日からの「学園との面談・交渉に関する文書」として情報公開法に基づく請求に対して近畿財務局が開示したもので、近畿財務局が2016年3月~5月に作成した「照会票」と「相談記録」だ。

 そこには、森友学園側が小学校建設のために借りていた国有地から廃棄物が出たことで、安値での買い取りを近畿財務局に持ちかけていたことなどが記されていたのである。

 毎日が開示を受けたこれらの文書は会計検査院にさえ提出が遅れ、2017年11月23日の国会への検査報告の前日だったという。この後、財務省は五月雨式に関係する文書を開示していくのである。

 公文書だけでなく売却額を巡って森友学園側と近畿財務局職員が交わした会話の音声データの存在も明らかになっている。池田靖近畿財務局統括国有財産管理官(当時)が「1億3000万円」と言及し、森友学園側は「ゼロに近い形で払い下げを」と求めていた。2018年の国会で共産党は独自に入手したという別の音声データを元に「森友学園側は『1億5000万円かかる分、航空局からもらって、それより低い金額で買いたい』と発言している」などと追及した。

 財務省はそれまで交渉経緯を記載した文書はすでに廃棄し、価格交渉もしていないと答弁しており、文書や音声データの内容が事実だとすれば、財務省は虚偽の国会答弁をしていたことになる。佐川宣寿・財務省理財局長(当時)は、売却交渉の経緯を示す文書については「廃棄した」とし、金額のやりとりについても「(価格について)こちらから提示したことも、先方からいくらで買いたいといった希望があったこともない」と国会で答弁を繰り返していたからである。

佐川宣寿・元財務省理財局長

 一連の文書について、麻生太郎財務相は「法的な論点について近畿財務局内で検討を行った法律相談の文書でありまして、いわゆる森友学園との交渉記録ではありません。(佐川氏の)虚偽答弁との指摘は当たらない」とし、太田充理財局長(同)は「買受け希望の金額を承るということはない」という答弁を繰り返し、虚偽答弁とは決して認めなかった。

 そもそもなぜ、財務省は自ら窮地に追い込まれかねないような文書の開示に踏み切ったのだろうか。

 森友学園の取材にかかわったある全国紙の記者が筆者にしてくれた解説がもっとも説得力があるように思えた。当時、財務省は市民からの告発を受けた大阪地検の捜査対象で、たくさんの資料を提出していた。財務省が隠しておきたかった文書が手を離れてしまった以上、裁判にでもなれば、いずれ公になることも予測される。「財務省にとって佐川氏の国会答弁との整合性が取れそうなダメージの少ないものだけを開示したのだと思う」。国会での追及は織り込み済みだというわけで、安倍首相の朝日批判もその戦略の一つだというのである。

 この点は最後に考えてみたい。話を元に戻す。

安倍首相の度重なる朝日新聞批判

 「『安倍晋三記念小学校』との名で申請したと朝日新聞は報じ、民進党も、それを前提に国会で質問した。実際には『開成小学校』だった。裏付けを取らず、事実ではない報道をした」

 安倍首相は国会での野党の追及に正面から応えず、代わって持ち出したのが朝日新聞批判だったが、それは、望月記者が質問した2018年3月1日までに▽1月29日衆院予算委員会▽1月31日参院予算委員会▽2月1日参院予算委員会▽2月5日衆院予算委員会▽2月13日衆院予算委員会――の5回にも上った。例えば、次のようにだ。

 私は自分の名前を冠した学校をつくるというつもりはございませんので、はっきりとお断りをしていました。
 そこで、これ朝日新聞の報道でございますが、籠池さんは安倍晋三記念小学校という名前で申請をしたと、こう言ったわけでありまして、事実かのごとくこれ報道されてありました。この国会においても民進党の方がそれを事実と前提に私に質問をし、だから忖度されたんだろうということであったわけでありますが、実際は開成小学校という名前でございました。ご本人(籠池氏)は当然、原本のコピーは当然持っておられるはずでありますから、(朝日新聞は)それに当たるべきであった。また、当然、だから恐らくご本人はそうではないことを知っていてそうおっしゃったんだろうと。朝日新聞の方も裏を取らずに事実かのごとくに報道したということは間違いないんだろうということでございます。(1月31日)
 安倍晋三記念小学校という、これは全く違ったわけであります。しかし、これを訂正もしていないわけでありますから、まさに国民の間にそういう安倍晋三記念小学校だったということが浸透している。しかし、実際は開成小学校だった。
 そして、(朝日新聞は後述する)検証記事を書いた。検証記事を書いたにもかかわらず、これは籠池さんが言ったから、それはそのまま書いたということしか書いていない。自分たちが記者として最低限果たすべき裏づけをとらなかったということについては全く言及がないということについては、これで私はあきれたわけであります(2月13日)

野党の質問に答弁する安倍晋三首相=2018年1月31日、参院予算委

 安倍首相の批判の矢面に立たされた朝日新聞は、2月6日朝刊で「朝日新聞の報道経緯は」という検証記事を掲載し、批判に答えている。2017年5月9日朝刊での報道当時、財務省は森友学園が近畿財務局に提出した設置趣意書を非公開扱いし、説明も拒んだため、籠池氏に独自に確認して、「証言した」という形で報じたという経緯を明かした。

 望月記者の指摘に対して、菅長官がもう一度考えた結果が、東京新聞への抗議の申し入れというのだから穏やかではない。

 安倍首相と朝日新聞の間でいったい何が起こったのだろうか。

「安倍晋三記念小学校」の爆弾質問

 そもそも「森友学園」問題は、朝日新聞が2017年2月9日朝刊で報じた「金額非公表 近隣の一割か 大阪の国有地 学校法人に売却」(東京本社版では第二社会面で三段見出しの地味な扱いだった)との記事をきっかけに浮上した。

 その焦点の一つは、安倍首相の妻・昭恵氏が2017年4月の開校を目指した「瑞穂の國記念小学院」の名誉校長に就任していたり、寄付金集めのための「払込取扱票」の通信欄に「安倍晋三記念小学校」と印刷してあったりすることが発覚するなど、安倍首相側との距離を縮めようとする森友学園の要望に沿う形で8億2000万円(評価額は9億5600万円)もの値引きをした大阪府豊中市の国有地売却をめぐる安倍首相側の関与だった。

 「私や妻が関係していたということになれば、まさにこれはもう私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。全く関係ないということは申し上げておきたいと思います」

 安倍首相は2017年2月17日の衆院予算委員会でそう豪語したのだから自ら政治問題に引き上げたようなものだった。

 安倍首相側の関与を示す傍証の一つとして疑われたのが、森友学園が近畿財務局に提出した設置趣意書に記載された学校名だった。ところが財務省は当初、この校名や本文の部分を黒塗りにして、非公開扱いとし、国会議員の開示請求に対しても明かさなかった。

 この疑惑を国会で取り上げたのが、民進党の福島伸享氏(2017年10月の衆院選で落選)で、2017年5月8日の衆院予算委員会で追及したのだった。

 平成25年(2013年)9月2日に森友学園から近畿財務局に出された取得等要望書。財務省に出してもらったんですけれども真っ黒、黒塗り。籠池さんはもう、民事再生までやって、学校設置の認可も取り消されて、失うものは何もないんですよ。(森友学園側は)学校設置の認可が取り消されたわけですから、秘密に当たらないですから開示していいですよという承認ももらって、財務省にもそのことを伝えております。設置趣意書の黒塗りのところ、一体これはどう書いてあったんでしょうか

 ところが、佐川宣寿・財務省理財局長の答弁はゼロ回答だった。次の3点を理由にあげた。

① 学校法人として存続していることを踏まえれば、当該情報は不開示情報に該当すると考えられる
② 民事再生手続きが開始されている。法令上、業務の遂行並びに財産の管理及び処分をする権利は管財人に専属している
③ 仮に開示する場合でも、改めて財務省から先方に確認の上、対応していく必要がある

 福島氏は、この日、国会で傍聴している籠池泰典・元理事長の開示の同意書も得るなど周到な準備をした上で臨んだ質問だった。佐川局長の答弁には納得するはずもない。

 福島氏は「何で設立趣意書の趣意の部分が開示できないんですか。何で設立趣意書のタイトルすら開示できないんですか。ちゃんちゃらおかしいと思いますよ」と前置きしたうえでたたみかけた。

 なぜそれを聞くかというと、これは何と書いてあったかというと、籠池前理事長の記憶では、安倍晋三記念小学院の設置趣意書だったからなんですよ。それを出したくないから黒塗りにしたんじゃないですか。そもそも、最初の設立趣意書がその名前だったからこそ、さまざまな忖度がなされ、特例措置が講じられることになったんじゃないですか。

 一種の爆弾質問である。

 これに対して、佐川理財局長は「タイトルを含めて一体としてこの学校の経営方針ということでございますので、不開示情報としている」と答弁している。当時、森友学園は約28億円の負債を抱え経営は行き詰まっていた。大阪地裁は17年4月28日に民事再生手続きの開始を決定し、森友学園は確かに管財人の管理下にあった。

 しかし、佐川氏による答弁は、かえって福島氏の疑念を深めさせた。福島氏は「まさに安倍晋三という名前がこの特例を得るためのノウハウになっているから示せないということを言っているだけじゃないですか。何でそこまで忖度するんですか」と憤りをみせていた。

 設置趣意書の表題に「安倍晋三記念小学校」との記載があるのが事実なら、大きなニュースである。

「安倍晋三記念小学校と表記をしていましたね」。籠池泰典氏のインタビューを掲載する朝日新聞の2017年5月9日朝刊の記事(右)と、校名は「開成小学校」だったと報じた同年11月25日朝刊の記事(左)

東京新聞に申し入れた首相官邸の方こそ事実誤認

 朝日新聞は、翌5月9日付朝刊一面で、籠池・元理事長に前夜(8日)に直接インタビューし、その内容を一面(安倍昭恵氏の両脇に籠池夫妻が並んだ写真を掲載)と第二社会面で伝えた。

--近畿財務局に設立趣意書を提出する際にはどういう表記をしたのか
「安倍晋三記念小学校と表記をしていましたね」(第二社会面の「籠池氏との主なやりとり」から抜粋)

 ただ、朝日記者も原本や写しの入手はできなかったようだ。記事は証言を元にしたもので、一面、第二社会面のいずれにも、見出しにはなっていなかった。籠池氏が当時、所持していた書類の中に設立趣意書の原本や写しはなかったらしい。

 財務省が半年も経った2017年11月22日になって立憲民主党、24日には神戸市の大学教授らに対し黒塗りされていない趣意書の全文を開示したことで、正しくは「開成小学校」だったことが分かった。

 籠池氏が朝日新聞記者にした証言は、真実ではなかった。朝日は2017年11月25日朝刊三面で「森友の設置趣意書を開示 小学校名は『開成小学校』 財務省」と修正する記事を掲載し、「校名などが当初、黒塗りになっていたため、朝日新聞は籠池氏への取材に基づいて、籠池氏が『安倍晋三記念小学校』の校名を記した趣意書を財務省近畿財務局に出したと明らかにした、と5月9日付朝刊で報じた」と書いた。

 望月記者が記者会見で「朝日新聞が修正記事を出しております」とした記事はこれを指す。

 安倍首相は、森友学園問題の追及を受けるたびに朝日の「誤報」を国会であげつらってはいるが、先に記した「払込取扱票」には「安倍晋三記念小学校」と印刷されていただけでなく、2018年5月に財務省が公表した土地の売却に関する資料の中からは、森友学園側が2014年3月4日、小学校の認可申請先だった大阪府に対して校名を「安倍晋三記念小学校」と説明していたことを示す記載が見つかっている。

 共同通信は2017年3月1日に「府私学課によると、2013年ごろ、森友学園の籠池泰典理事長から『豊中市の国有地を取得して小学校を建てたい。安倍晋三記念小学校という校名を考えている』と認可申請の方法について問い合わせがあった」との記事を配信していた。

 また、朝日の初報(2017年2月)後に野党が行ったヒアリングに対して、大阪府は森友学園側の構想に苦慮したことを明かしていたという。

 こうした別の証拠からも籠池氏自身が「安倍晋三記念小学校」という校名に強いこだわりを抱いていたことははっきりしているし、財務省も認識していたことは、財務省の保有する一連の資料からも明らかだった。言ってみれば、設立趣意書には記載されていなかった――ということにすぎない。

 森友学園は2017年4月28日に民事再生手続きが決定し、業務の遂行や財産の管理、処分をする権利は管財人に専属することになった。安倍首相は「原本のコピーに当たるべきだった」と朝日記者に取材のわざわざ“アドバイス”をしているが、そもそもは非公開とした政府の決定が問題なのではないか。

 繰り返しになるが、朝日が2017年11月25日に修正する記事を掲載し、2018年2月6日には取材経緯も明かしたのである。東京新聞に申し入れた首相官邸の方こそ事実認識に誤りがあることは、もはやだれの目にも明らかだろう。

 東京新聞は2018年3月6日、首相官邸に対して、「朝日新聞の17年5月の記事は学園前理事長の証言として名称を『安倍晋三記念小学校』としていたが、17年11月の記事で『開成小学校』と修正している」とする回答を出したという。

 首相官邸が東京新聞に申し入れた2018年3月2日は、奇しくも朝日新聞が朝刊で「森友文書 書き換えの疑い 財務省、問題発覚後か 交渉経緯など複数箇所」とする記事を一面トップで報道した日だった。政権を揺るがす大スクープのさなかで、安倍首相の威勢の良い朝日批判はどこかに行ってしまった。

 このため、官邸は、安倍首相に教えてあげる機会を逸してしまったのだろうか。1年4カ月たった後も安倍首相は同じ批判を繰り返していた。

 2019年7月3日、日本記者クラブ(東京・内幸町)であった参院選(4日公示・21日投開票)を前にした、与野党の7党首による討論会。安倍首相(自民党総裁)は朝日記者からの「森友学園問題、加計学園問題はもう終わったと認識しているか」との質問に「朝日新聞は『安倍晋三(記念)小学校』があったという記事を書いたが、訂正していない。自分たちが間違えたことは全く関係ないという姿勢はおかしい」などと述べていた。

朝日新聞「記事取り消し」の後遺症

 なぜ安倍首相はこれほどまでに朝日の報道にこだわり続けるのだろうか。そこには安倍首相らのある成功体験の影響があるのではないだろうか。

 それは2014年8月に朝日新聞が行った「慰安婦」をめぐる報道の一部記事の取り消しである。

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