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菅原道真と張衡

 大宰府と言えば菅原道真(845~903)を思いだす。学問の神と言われる菅原道真は、870年に官吏登用試験・方略試を受験した。問題は、「明氏族」「弁地震」であり、氏族を明らかにせよ、地震について論ぜよ、の2問が出題された。道真は、「弁地震」に対して、かつて中国で張衡が作った地動儀により遠く離れた地震を検知した、と回答し方略試に合格した。

 道真が、600年以上も前の中国のできごとを引用して回答したということは、当時の知識人が中国から多くを学んでいたことを意味する。

 地震に関する問いが出題された理由は、当時の活発な地震・火山活動にあったと思われる。道真が方略試を受けた前年の869年に、東北地方太平洋沖地震と類似した貞観地震が起きた。この時期、天変地異が続いていた。863年に越中・越後の地震、864年に富士山と阿蘇山の噴火、868年に山崎断層が活動した播磨・山城の地震、そして869年に貞観地震が起きている。

貞観地震

拡大 大津波の歴史伝える地層。一番上の白っぽい第1層が東日本大震災、第4層が慶長三陸地震(1611年)、第8層が貞観地震(869年)の津波堆積物とみられる=2013年11月10日、宮城県岩沼市下野郷

 貞観地震での多賀城(現・宮城県多賀城市)の様子は、日本三代実録に詳しく記されて ・・・ログインして読む
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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター長・教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

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